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Hotwired Japan 更新メール後書き

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■12/25/2002
 メリー・クリスマス!
 今年の週刊(毎火曜日)更新もこれで最後。この1年、Hotwiredでは、何ができたか、と自分に問うている。「帝国」アメリカの動向は、ますます予断を許さないし、日本の経済状況は悪化するばかり・・。そこかしこで、現代社会への批判や罵倒を耳にすることが多くなっているが、かといって未来へのヴィジョンは示されない。     
 Alternative Valuesをお伝えしていくことをコンセプトにしているHotwiredだが、今、ひしひしと感じるのは、ただの社会批判に終わらず、また、到達できないような約束の地を安易に描くのではなく、今、自分がどこにいるのか、ということをしっかりと確認する必要がある、ということ。そのためには、多面的な情報と、情報を判断する力が必要だろう。それは、経済にも、テクノロジーにも、そして、心の問題にも、言える。
 みさなん、今年1年ご愛読いただきまして、ありがとうございました。よいお年をお迎えください! Love & Peace !


■12/17/2002
 先週、ほうぼうのBGMがうるさいと、不満タラタラ書かせてもらったが、これが気になり出すと、ますます気になるアリ地獄。とくに渋谷などは、四方八方から音楽が攻めてきて、カオスだな、あそこは・・。パンク&ニューウェーブを大音響で聴いては、隣近所にご迷惑をかけていた青年時代は、今は昔。老いたパンクは、音量に敏感なのだ(^^;)。
で、なんとかならないかと、探してみたら、いいもの見つけましたよ〜。周囲の雑音をマイクで拾い、その雑音の音波とは逆の位相の音を発して、ノイズを消す、というハイテクな、ヘッドホンがあるんですね。BOSEとかSONYで、いろんなのが出てるけど、これって常識?飛行機に乗っても、妙に疲れる質だし、これは、よさげだ。久しぶりに物欲が、ムクムク。
 情報過多の時代、ノイズをキャンセルし、必要な情報をエディットする、というコンセプトは、「音」以外にも、需要が多くなりそうだ、と予感。

■12/10/2002
 どこもかしこも、クリスマス・ソングで、うるさい、うるさい。さすがにWHAM! の「LAST CHRISTMAS 」も聞き飽きました〜。失礼。
 さて、先日、『千と千尋〜』が、アメリカの映画賞を受賞したことを知る。長年蓄積されてきた日本アニメのクリエイティビティの力が、こうして評価されていることは、ほんとうに、すばらしいことだと思う。が、翻って、日本の現状を考えると、少し心配になる。マンガ本の発行数が激減しているようだし、時々、TVで目にするアニメも、一見して、数年前の作品をコピー&ペーストしたようなものが多い。宮崎駿のような、業界のトップが、その作品世界を成熟させる一方で、アニメ、マンガ界全体は、沈滞傾向にあるような気がする。これまで、ある種の創造性を担っていた‘オタク・パワー’が、弱まっているのか? 労働条件は過酷でも、アニメに命かけてます!というような、‘オタク’のみなさんの絶対数が減ってきているのか?
  世界的な認知が拡がっている今だからこそ、ソフト創造の場を盛り上げる必要があるんだろう。しか〜し、‘オタク’のみなさんは、最近、どこ(どの分野)にいらっしゃるんでしょうか・・。


■12/3/2002
 そこかしこでクリスマスの装飾が輝いていて、なごむような、ウザイような(^^;)。
 さて・・メカマニアでもないし、とりたてて新しモノ好きでもないと思うのだけれど、PDAというコンセプトにはかってから惹かれるものがあった。このデバイスで、仕事の仕方やライフスタイルが変わるかも、という予感がしたからだろうか。
 しかし・・ニュートンは2台、そのあとザウルス、モバイルギア、と遍歴し、それぞれ使ったのは、買った直後の1週間ほど(^^;)。結局、紙のノートとボールペンでいいや、という結論に達して、もう3、4年が経つ。さらにはケータイも、何か追い立てられる感じがして嫌いで、周囲に迷惑をかける始末。電車の中で、みんながケータイ眺めている風景にも、違和感あるし・・。
 ところが、先日、久々のPDA生活に復帰。PHSカードでネットにも簡単接続。これでPCの前を気軽に長時間離れられるようになった。ありがたい。
 一方で、無線LANサービスは広域化し、ケータイは高性能化して、ワイヤレスでのネット接続の選択肢は、ますます多様化している。徐々に着実に拡がるワイヤレス化は、ネットが少しずつ僕たちのコミュニケーションのあり方を変えてきたように、ライフスタイルを確実に変えていくだろうことを確信。

■11/12/2002
 手前味噌で恐縮だけれど、先週スタートした新連載「野口旭の『ケイザイを斬る!』」が好評だ。「デフレ」をめぐって主要メディアがどんな報道をしていたのか、「デフレ対策」はどうあるべきか、をわかりやすく解説してくれている。
 ここ半年で、経済素人の僕が、国際資本移動や、中国驚異論や、インフレ目標・・など、経済に関わる論争の「本筋」は何なのか、ということを、もっともクリアに納得できたのが、野口氏の『経済学を知らないエコノミストたち』だった。で、感激して、さっそく連載の依頼をさせていただいて、実現したもの。
 最初の読者として、次回を楽しみにしているのだけれど、ここんとこメディアを毎日騒がせている不良債権問題とか、構造改革など、「ほんとはど〜なのよ?」って方には、ぜひ野口氏の『経済学を知らない〜〜』をお勧めしたい。

■11/26/2002
 近所のファミレスのテーブルに、さりげなく無線LANの申込書が。ケータイで契約してID、パスワードをもらうシステム。ワイヤレス時代がひたひたとやってきてます。こうして‘仕事場’が、どんどん拡がる。「便利になるな」とも思うが、「仕事してるか?」と急かされているようで、複雑な気分(^^;)。
 『ノーベル賞経済学者に学ぶ、現代経済思想』を読んでいる。ノーベル経済学賞受賞者を紹介しつつ、現代経済学の全貌をコンパクトに案内しようという欲張りな本。計算式の類の説明もなく、予想以上にわかりやすい。面白いのは、多くの受賞者が、アメリカへの移民で、幼少期には、世界各地で政治的、経済的な混乱を目の当たりにしていることだ。インド人のアマルティア・センも、インド・ベンガル州で、大飢饉を経験している。経済学というと、どこかgreedyなイメージがあったのだが、彼らの多くが、かっての体験をもとに、福祉や貧困を改善するための理論を生み出そうとしている。日本経済の行方を軽口でしゃべりまくるエコノミストに足りないのは、個人の背後にある、こうした‘深み’なのでは・・という気もした。

■11/19/2002
 この季節の恒例で、風邪気味だ。こういう時は、気合いをブリっと入れないと、身体が風邪菌?に支配されてしまう。ウォ〜。
 さて・・アフガニスタンで医療活動を続ける中村哲医師の「ペシャワール会」の会報が届く。アフガンにまつわる報道が、激減していく中、地道に、着実に、医療と水源確保の活動が進められていたことを知る。いつものことながら、机の上の知識だけで、貧困とか世界経済を語りがちになる自分を恥じる。
 中村医師のレポートの最後は、こう結ばれている。「めまぐるしい一年でしたが、かくも容易に世界中が欺かれるとは、思ってもみませんでした。‘文明国’のお里が知れ、先がおよそ見えてきたようです。せめて私たちだけでも、騒々しくも軽々しい世の流れに惑わされず、しっかりと二本の足を大地につけ、黙々と歩み続けたいと思っています。」

■11/6/2002
 「カフェ・ブーム」がやってくる、ずぅ〜っと前から喫茶店好き。酒が飲めないので、会社からの帰りに、ちょっと‘止まり木’に寄って、一人でお酒を傾ける・・というような‘おとなの愉しみ’を理解できない。そのかわり、いい本屋といい喫茶店は、とても重要な存在だ。自称・喫茶店評論家でもあって、コーヒーやBGM、サービス、インテリア、トイレの内装・・とチェックは細かく、うるさい(^^;)。下手にこじゃれてないほうが、ありがたいし、たばこも苦手。これまで、コーヒーを飲みながら、ひたすら仕事の資料の本を読むことが多かったのだけれど、先日、モバイル通信ができるPDAを購入してから、メールのチェックも喫茶店で済ませるようになった。‘仕事のかたち’が、また、変わりました。
 そんなPDA+通信の可能性を伝えるべく、新コーナー「WIRELESS WIRED」もスタート。お楽しみに〜。

■10/29/2002
 サルガドに続いて、メープルソープの写真展に出かける。もっとも好きな写真家の一人だ。80年代のアメリカン(ニューヨーク)・アートは、やはり彼に代表されると言っていいだろう。完璧なフォルムの中の独特な美的感覚と強烈な死の匂い。90年代には、メープルソープを真似た写真が沢山出て、彼の作品世界の輪郭がぼやけた感じがあったが、こうして久しぶりに、彼の作品を一度に見ると、やはりその圧倒的な力を実感。    
 さて、ようやく岩田規久男『デフレの経済学』を読む。テレビでは、不良債権処理に関する竹中案をめぐって、いろんな人がいろんなことを語って騒いでいるが、騙されないようにしないと。爽やかで滑らかな口調で、まともなこと言ってるように見えて、とんでもないこと言ってるエコノミストもいる。そのあたりの判断規準を身につけるのに、この本は最適だったかも・・。しか〜し、‘まともだ!’と思うようなデフレ対策は、いっこうに行われそうにないわけですが。

■10/22/2002
 セバスチャン・サルガドの写真展「EXODUS」を観る。8月末から開催されていたこの写真展も、いつも大混雑だと聞いていたので、会期ギリギリまで、見る機会を延ばしてしまった。それでもやっぱり、けっこうな賑わい。社会性の強い写真展に、これほど多くの人々が詰めかけたのは凄い。
 サルガドといえば、90年代に発表された「労働者たち」シリーズが印象深い。中でも、ブラジルの露天掘り金鉱山で泥だらけで働く、ガリンペイロ達の姿を撮した写真を見た時の衝撃は忘れられない。モノクロでコントラストが強い写真は、現実を越えた絵画のようでもあった。写真そのものにインパクトがありすぎて、リアリティを越えた、アートとして見てしまっていた。一枚一枚の写真にメッセージを込めるサルガドにとって、こうした見方は迷惑だったかもしれない。今回の「EXODUS」シリーズを前にして、世界で起きている悲惨な‘現実’を改めて認識。「では、お前はどうするんだ」、という問いを投げかけられているようにも思え、ただ佇むだけだった。

■10/16/2002
 アメリカ議会の対イラク武力行使容認決議、イエメン沖のタンカー爆破、バリ島の爆破事件・・あまりにわかりやすすぎるこの展開。なんだかなぁ〜。
 世の中、理不尽なことは多い。世界経済の安定と発展途上国の援助を使命にする国際的な経済機関(世界銀行、IMF、WTO)が、一部先進国の、さらにまた一部の商業界の利益に基づいて運営されている、と世界銀行のチーフエコノミストだったスティグリッツは認めている。公正で民主的かつ持続可能な成長を可能にするために、国際機関を改革し、透明性を高める必要がある、と氏は言う。しかし‘公正’とか‘民主的’ってことが、かつて実態をともなっていたことがあったろうか、とふと思う。経済がこうなんだから、安全保障なんかも、以下同文・・。
 世の中、ほんと、なんだかな〜ということは多い。しか〜し、それでも、いくつかの戦争やら飢饉やらを経て、少しは学習してマシになっている、と思いたい!‘公正’とか‘民主的’、という考え方さえなかった時代もあったわけだし・・そう思わないとやっていけない。

■10/8/2002
 台風一過のように空気が澄んでいて、遙か彼方で、飛行機が行き交うのが見える。
 さて、村上春樹の『海辺のカフカ』を読む。小説を読んだのは久しぶりだ。このところ、手っ取り早く必要な‘情報’だけを手に入れようと、何か前のめりになって本を読むことが多かった。ネットにアクセスするときも同様で、ハードディスクの回転と電磁波と情報の渦が、脳をフツフツと沸騰させているような気分が、いつも続いている。アタマの中がそんな状態だから、最初はなかなか‘小説の時間’に入り込めなかったのだが、徐々に物語の力に押し切られて、上下刊を徹夜して読む。
 村上春樹の本を手にするのも久しぶり。こちらが年を取ったからなのか、時代の雰囲気が変わったからなのか、長らく、氏の作品には興味がわかなかった。村上氏自身の転機は、地下鉄サリン事件を追ったノンフィクション『アンダーグラウンド』からだろうか。徐々に、社会とコミットするための回路を模索してきたように思う。かっての作品世界から、しっかりとした次へのステップを示し始めたように思える今回。これからの氏の展開が楽しみだ。

■10/2/2002
 さすがにもう「プロジェクトX」には食傷気味だが、「いい時代よ、もう一度。そして、再び元気を取り戻したい」という時代のニーズは、相変わらずだ。そんな雰囲気を察して、サラリーマン映画や時代劇で、‘プロジェクトX’のコンセプトをコピーした作品が、続いている。
 経済が低迷し、先行きの不安感に覆われていた、ということでは、80年代後半のアメリカも同様だろう。「プロジェクトX」を見て、まず思い出したのは、コッポラの映画『タッカー』だった。1940年代に、奇抜な発想で、「夢の車」づくりに情熱を燃やした実在の男の物語だ。コッポラの作品の中では、異質な感のあるこの映画には、「アメリカ人よ、自信を持とう」という彼のメッセージがある。主人公は映画の最後にこう言う。「大切なのは、アイデアと夢なんだよ」。
 当時、財政赤字と経常収支赤字の「双子の赤字」に苦しんでいたアメリカは、今や、世界を力でねじ伏せようとする「帝国」だ。
 さて、今回の内閣改造は、日本の10年後に、どんな変化をもたらすんでしょうね・・。

■9/25/2002
 窓を開けると、キンモクセイのにおい。トンボが近所の公園から飛んでくる。いい季節だ〜。
 さて。スカパー契約して、サッカー三昧。ヨーロッパ・リーグをナマで見ようとすると、夜中の3時ぐらいに試合開始が多い。まず寝て、試合前に起きる。いい加減にしないと、翌日は、頭がグラグラだ(^^;)。
 サッカーという競技はもちろん楽しいのだが、個人的には、サッカーをひとつのとっかかりとして、世の中を見る、ということが面白い。マスコミとネットの関係、国家や民族と個人の関わり、政治家の国民操作の手法、外国から見た日本人、隣国・韓国との関係・・など、考えさせられることは多い。
 ひとつはっきり言えるのは、このサッカーという分野では、すでに専門誌以外のマスコミ情報はまったく信用されておらず、ときに失笑の対象でもある、ということ。ネットに集められた膨大な数の厳しい視線が、とうに真実を見抜き、サッカーにまつわる状況と、「サッカー」そのものの行方をチェックしている。この事態は、サッカーだけにとどまらず、あらゆる分野で進行中だと言えそうだ。

■9/18/2002
 これまで、なんとか思いとどまっていたのだけれど、ついに(^^;)、スカパー契約を決める。ヨーロッパ・サッカーのシーズンが始まり、我慢できなくなってきた、というわけ。わが家の場合、テレビとともに、ネットも、ケーブル局のお世話になっていたので、これらを解約して、ネット環境を変えると、電話もADSLに変えないと・・ということで、なかなかめんどうだ。選択肢が増え、サービスが改善されることになるのは、嬉しいことではありますが。
 逆に、もっと選択肢が増えれば、と思うのは、電気。自然エネルギー発電or原子力発電、などを選択したいし、さらには、可能な限り自宅の電気は、自分の家で賄えるようにしたい。あと40年ほどで、使い尽くされると言われている石油に、いつまでも依存できるわけがないことは誰でもわかる。これからその支配権をめぐる紛争も、ますます増えるだろう。
 で、太陽電池パネルもあるけれど、燃料電池に期待。はやく低価格で市販されるようになってほしい。自動車も燃料電池ハイブリッドへ。昼間は、太陽電池、夜は、家の車庫の燃料電池車が発電・・というのは、無理なんでしょうか・・。

■9/10/2002
 大雨の間を縫うようにドライブし、鹿島アントラーズ×ジュビロ磐田戦を見に鹿島へ。現地は奇跡的に晴れ。スタンドも観やすいし、スタッフも、町のおばちゃんも優しいしで、さすが‘サッカーの街’を実感。しかし、遠い・・。行きも帰りも、渋滞で死にました。
 日銀総裁が、「金融緩和は、もう十分やっている」と語ったという。経済談義は、いろんなエコノミストが、マスコミでエラソ〜な顔して語るわりに、どれもてんでばらばらなので、情報をフォローしようという気が失せてしまう。個人的には、クルーグマン『恐慌の罠』、野口旭『経済学を知らないエコノミスト』の言ってることが信用できるのでは、と思っていたのだが、ここへきてこの日銀総裁の発言でガックシ・・。日本の不況は、しばらく続く、ということでしょうか。
 9.11から、はや1年です。次はイラクなのかと思うと、無力感に襲われ、言葉を失いますが・・小特集を作りましたので、ご覧ください。

■9/3/2002
 NHK-BSで始まった「黒澤明特集」にはまっている。有名作品は、ほとんど観ているし、‘面白い’ことはわかっていたつもりだが、今回久しぶりに見直して、その‘凄さ’に圧倒されている。画面から、計算され尽くした映像の密度が沸き立ってくるようだ。そして、改めて内外の多くの映画監督に影響を与え、真似されていると思われるシーンをいくつも発見(識者の間では、当然、有名な話ばかりなのだろうが・・)。
 そういえば、先日イギリスの雑誌『Sight&Sound』で行われたアンケート「歴代映画ベスト10」にも、オーソン・ウェルズ、フェリーニ、ヒッチコック、キューブリック、コッポラ、ベルイマンらに並んで、クロサワがベスト10に選ばれている。歴代ベスト10ですよ、歴代。<http://www.bfi.org.uk/sightandsound/topten/index.html> 日本人が、これほどの評価を受けている分野が他にあるだろうか。改めて、クロサワの偉大さを思い知る。  現代の日本のイメージを海外に広く伝える、‘次世代のクロサワ’が登場するのは、映画よりも、アニメやゲームだろうか。新たな才能の登場に期待したい。個人的には、大友克洋氏に、もうひと頑張りしてほしいところですが・・。  

■8/27/2002
 Jリーグ・オールスター戦へ。埼玉スタジアムではじめての観戦。派手なゲームで楽しんだが、観客席の傾斜が緩く、サッカー専用スタジアムのわりに意外と見づらい。サッカーの醍醐味を味わうためには、スタジアムの設計が、非常に重要だとあらためて認識。
 ご報告が遅れたが、当ウェブで掲載させていただいている、宮内勝典さんの一昨年、昨年分の日記が『裸の王様、アメリカ』(岩波書店)としてまとめられた。
「まず、地球のサイズを実感でつかむべきだ。この惑星がどのくらいの大きさで、宇宙に浮かんでいるか、リアルにつかむべきだ。それが認識の第一歩だろう。考える原料を、世界から汲みとるべきだ」。
 若い頃から世界各地を旅し、インドの修行僧やアメリカの宇宙飛行士など、さまざまな人と出会い思索を深めてきた小説家・宮内さんのエッセンスが散りばめられている。今の時代、宮内さんの発するような、経験の上にたって語られる言葉は、重く貴重だ。ネット上で大量の情報を浴びて、世界の仕組みがわかったような軽口を叩く自分が恥ずかしくなる。読んでいると、自然と背筋が伸びる思いだった。  

■8/20/2002
 ヨーロッパの洪水が、とんでもないことになっている。この、100年に一度の規模と言われる水害の原因を、どう考えればいいのか。必要以上に危機感を煽るのも問題だが、漠然と、地球にたいへんなことが起きているとも感じる。原因の真相は、これから究明されていくだろうが、ヨーロッパの人々に与えた精神的な打撃は大きいように思う。今月末からヨハネスブルグで行われる「持続可能な開発に関する世界サミット」にも、微妙な影響を及ぼすに違いない。
 おまけ。最近読んだ本から気になった言葉を。
●「個体としては貧弱な生物である人間が、動物の覇者になるための決定的な武器が、集団を作ることだった」「民俗は現実だけど、民族はフィクションだ」(なだいなだ『民族という名の宗教』)
●「中国の生産性が日本に急速に接近しても、両国間の為替レートさえ適切に調整されれば、日本が空洞化することはない」「問題が雇用にあるのならば、その真の解決策は、貿易制限ではなく金融緩和なのである」(野口旭『経済学を知らないエコノミストたち』)

■8/6/2002
 この季節の楽しみは、「ツール・ド・フランス」。先週、ラストステージ分が放映されて、夏の楽しみが一つ終わってしまった。ハイテクの塊となった自転車と、鍛え抜かれたアスリートたち。そして、なんといっても、背景の景色が美しい。余計な広告看板も、電柱も、ガードレールもないコースを、鮮やかなカラーの自転車が滑走する様は、なんだか‘未来’をイメージさせる。そして、応援する観客との一体感もいい。水がなくなった選手がいれば、ミネラル・ウォーターのボトルを手渡し、太陽が照りつける山岳コースでは、道沿いから選手の頭に水をふりかける。機械(自転車)も人も、極限まで鍛え抜かれ洗練されているのに、ルールでかっちりと縛られていない、おおらかさも感じられる。アメリカのスポーツとは違う、ヨーロッパ産の‘大人’の気配、とでも言おうか。いつかナマで観戦したい〜!それに、あんな景色の中を自転車で走ってみたい〜!

■7/30/2002
 最近の個人的な関心事は、‘民族とは何か’。この暑さで、頭がぼーっとして、さっぱり働きませんが、少しづつお勉強。ことの発端は、W杯で、どうしてあんなに日本代表を応援して、盛り上がってしまったんだろう、という疑問からだった。それは、自分でも予期しない、不思議な感覚だった。
 サッカーの文脈とは別に、‘ナショナリズム’との関わりや、‘民族とは何か’ということを、しっかり考えておかないと、結果として、自分が意図せぬ流れに巻き込まれる恐れもあると感じたのだ。
 世界的には、グローバリズムへの反動として、各地で右傾化が進んでいる。スポーツを、国威発揚に使おうという国も多い。そうした‘ナショナリズム’とは別の、オルタナティブな立場をとるとしたら、どういうことが可能なのか・・。夏の宿題は、続く・・。

■7/23/2002
 W杯の勢いをかって、Jリーグも観戦。代表のレベルアップを真剣に望む者としては、やはりJリーグを応援しないと、とスジ論を通してみた。東京スタジアムは、花火ナイトで、ハーフタイムのひとときを心地よい風が吹き抜ける。FC東京の惨敗で、結果は残念だったけれど、また、行くぞ。
  やはり、ナマはいい。スタジアムの通路から、緑のピッチと巨大なスタジアムの全景が視界いっぱいに開ける入り口に立つ瞬間は、いつもドキドキする。テレビ観戦では、どうしても感じることの出来ない感覚だ。
 近頃は、電話もほとんど使わず、メールだけで仕事をこなすことが多くなったが、その分、打ち合わせなど‘ナマ’のコミュニケーションがある時間が、濃密になっている気がする。また、音楽などの場合、デジタル・コンテンツはプロモーションで、あくまでライブで報酬を得よう、という動きもある。これからは、ナマでしか提供できない貴重な体験こそ、ますます価値が上がるのかも・・。

■7/16/2002
 話題のジョセフ・スティグリッツ『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』を読む。これまでグローバリズムの問題を指摘するというと環境保護運動家や市民運動家が主張するということが多かったのだけれど、これは、世界銀行のチーフ・エコノミストを2000年まで努めていた経済学者の大御所によるもの。世界銀行在籍時の経験を通して、‘グローバリゼーション’は世界中の人々を豊かにする可能性を秘めているが、現在は先進国の商業界、金融界の利益を重視しているとして、主にIMFをけちょんけちょんに批判。  1999年、シアトルでの大規模なWTO批判活動以来、各所でこうした問題は指摘されてきたわけだが、スティグリッツのようなスター経済学者が、現在のIMF、WTOのあり方は問題だと指摘した意義は大きい。ヨーロッパで盛り上がっている新しい市民運動も、これを契機にして、さらにより大きく世界的な潮流になる気がする。

■7/9/2002
 昨年のテロ事件直後、マスメディアが流布しているニュースとはまったく異なった情報が、ネットで大量に流れ始めた。アメリカのメディアが流す情報を、ただ鵜呑みにする日本のマスコミに疑問を感じた人たちが、ネットにアクセスし、自分の力で世界中の情報をかき集めては、バケツリレーのように‘真実’のかけらを運び始めたのだ。それらの情報の中には、後になって嘘だったとわかるようなものもあったわけだが、マスメディアの流す情報をただ信じるのではなく、何が‘真実’なのか、ということをネットを使って追い求める動きは、もう止めることはできない。
 W杯の誤審問題をめぐっても同様だった。サッカーを見慣れたモノなら、誰でもが感じた‘違和感’と、メディア上に流れる言説とのギャップに、「いったい何が起きているのか」とネットにその回答を求めた人も多いはずだ。
 マスコミの判断に依存せず(そして、監視する)、‘真実’を自分の力で判断しようとする人々が大量に生まれている。ネットと社会の関わりは、確実に変わりつつあることにふと気づく。

■7/2/2002
   サッカーの熱狂の陰で、ひっそりとこれからの日本に重要になるだろうテーマを捉えたTV番組を観た。NHK衛星の『世界潮流2002 〜働く人々の未来』。世界的に広がっている大量失業時代の今、各地でどういった取り組みが行われているのかを紹介したもの。ヨーロッパのワークシェアリング、アメリカのソーシャル・ベンチャー(NPO)の現状を分析し、その効果と問題点を考察していた。世界の貧富が拡大し、西欧でも、一部企業家にますます富が集中している今、労働者である前に‘生活者’の我々が、これからどういったワークスタイル=ライフスタイルを選択するかは、きわめて重要な問題だと思う。日本社会の場合は、イケイケ成長一辺倒から、どう“成熟”していくのか、というところか・・。
 W杯の応援も、国威発揚や過剰なナショナリズムと結びつくとゲンナリするが、「家を売ってでも応援にくる」と語り、PKでの敗戦後、涙するアイルランドの老人サポーターなどを見ていると、こういう生活もいいな、とふと思う・・。 各国サポーターの様子はこちら→ <http://www.supporters.jp/sp2002/portrait.php>

■6/25/2002
 祝祭は、いつかは終わる。
 終わりがあるから、非日常の祝祭だ、とも言えるのだが、いったん熱狂の中に身を投じてしまうと、日常生活へ戻るのが大変だ。日本代表への、自分でも予想外の思い入れと、それに続く虚脱感と悔しさをコントロールし、日常に戻るためには、何かでクールダウンすることが必要だった。そこで、またネット掲示板の情報を集めて、イングランド×ブラジル戦のチケットを入手。過剰な思い入れなしに、ただ“美しいサッカー”が見たかった。そして、得点が入るまではイングランドを、先制したあとはブラジルを、ブラジルが逆転するとイングランドを応援した。延長になればと思ったのだ。少しでも長く、すばらしい技術をもった選手たちの真剣勝負を見ていたかった。
 帰り、掛川駅近くのソバ屋で、50過ぎのイギリス人2人組と隣になった。イングランド・サポーターは、映画『トレインスポッティング』から抜け出てきたような、傍若無人の輩もいたが、意外に紳士も多かった。そのオジサンは、ベスト8をかけたデンマーク戦をイギリスでテレビ観戦していたところ、ハーフタイムになって、いてもたってもいられず、電話で20万円近くに値上がりしたチケットを買って、飛行機に飛び乗ってきたという。
 10年前は理解できなかったかもしれないが、今なら彼らの気持ちがよくわかる。道頓堀に飛び込む群衆を見ても、今、日本の若者は‘祭り’を再び必要としているのだ。地域の共同体が壊れて、村祭りが廃れ、過剰な消費と情報の渦が祭りの代行だった時代も終わり、再び、定期的なガス抜きが必要になっている気がする。そして、そんなエネルギーが政治に利用されるよりは、健全だ。それに、代表チームににじみ出る国民性や美意識のようなものに自覚的になることで、自動車や家電といったモノ以外でも、世界と会話できる言葉を得たと思う。 ※しかし、各国で騒がれている審判の誤審問題は、W杯の暗部を感じさせて、ゲンナリしますね〜。

■6/18/2002
 ネット情報を駆使し、人には言えない危ない橋をわたって(^^;)、ようやく大阪・長居のチュニジア戦のチケットをゲット!
 当日は、寝不足&風邪で体調最悪。その上、競技場は猛烈な暑さ。ほてったイスに座っているだけで、頭がフラフラしてくる。仕方なく階下の通路に逃げ込み横になる。しか〜し、試合が始まると急激に元気回復!サポーター席の隣で、立ちっぱなしで声援をおくる。が、試合も終わって、満たされた興奮状態のまま、ぞろぞろと最寄り駅まで列を作っていると、激しい腹痛に襲われる。やばい。なんとか喫茶店を見つけてトイレに駆け込み、ぎりぎりセーフ。後は、虚脱状態。力が入らない。何かが抜けてった(^^;)。で、道頓堀の大騒ぎを見物して、新幹線の最終で帰宅。家では、“サッカー廃人”と呼ばれてます。

■6/11/2002
 みなさん、冷静にお仕事してますか〜(^^;)。 先週は、仕事を無理矢理ずらして、ブラジvsトルコ戦を見に韓国・ウルサンへ。韓国では、初勝利の会場だったプサン泊。テレビは全チャンネル、韓国戦を放映しているし、一点入れるたびに花火はあがるしで、彼の国の盛り上がりは凄いな〜、と思っていたら・・日曜日の日本も凄かった(^^;)。
 ウルサンの会場でお隣になったのは、スコットランド人のグループ。自分たちのチームは出場しないのに、休暇を取ってサッカー観戦。さすが。日本にも来たかったが、滞在費の安い韓国を選んだ、とのこと。斜め後ろの席は、ビキニ姿のブラジル人娘2人。日本で暮らしている人なのか、ときどき応援に日本語が入る。その大声の応援と容姿で、周囲のオッサンの目を釘付け!
 きっと日本各地の会場付近でいろいろな交流が行われているんでしょうね。もめ事も含めて。サッカーももちろん楽しいけど、こういう出会いこそ嬉しい。

■6/4/2002
 先週、「男の闘争本能は、スポーツで昇華してほしい」と言ったけれど、近ごろの自分を観察していると、「スポーツのせいで闘争本能に火がつく」というパターンもある、と認識。ふだんは、何があっても淡々とぼーっとしていることが多いのだけれど、ここんとこの力の入れようといったら・・(^^;)。ワールドカップの場合、国民性のようなものがチームカラーになんとなく出てくるし、オリンピックのように個人のプレーヤーだけ思い入するわけにもいかない。やっぱりここは、「がんばれ、ニッポン!」だな。
 しかし、スポーツを離れて現在の社会をみてみると、愛国心を煽るようなきな臭いことが多い。が、敵としてみなすべきなのは、仮想の国家ではなく、環境汚染を引き起こしたり、有限の資源、水や食糧を、自らの利益のためだけに利用しようとする、企業体と政治家集団なのかもしれない。そろそろ僕らは、世界中の人々と手を結びながら、真に闘うべき相手を明確にすべきだろう。

■5/28/2002
 W杯間近で、さすがに浮ついている人がチラホラ。中には、「仕事が手に着かないよ〜」などと言い出す輩までいたりしてとんでもない! へ?はい、そんな輩です、私は(^^;)。土曜日は、国立でスウェーデン戦観て、声からす。
 のんきに日の丸マフラー振って声をからしている間に、着々と進んでいるのが有事法制。最近のヨーロッパを見ても、右傾化が激しいのが気になる。冷戦の終結で、90年代に始まった急激な経済のグローバリゼーションが、世界各地で反動を引き起こしているのか。日本もそうした流れの中に、ぴったりとはまってしまっている。力の時代、がやって来るのか・・。先週も紹介したとおり、世界で‘戦争’を欲している者は、確かに存在するらしい。こういう時だからこそ、ラディカルに‘平和’を訴えたい。そして、男の闘争本能は、スポーツで解消して欲しい、ね。

■5/21/2002
 各国の親善試合の結果をみては、一喜一憂する時期ですが、先日のプレミアシップ優勝がかかったアーセナル×マンチェスター・ユナイテッドの試合は、凄かった。でかい選手たちが、一瞬も足を止めずに渦のように走り回り、ピッチがバスケット・コートのように見える。そして、パスは早く、正確で、なにか美しい音楽のような試合だった。W杯でも、そんな感動ができるのか〜。
 さて、先週、田中宇著『仕組まれた9.11』についてふれたが、今週になって「ブッシュ政権は、9・11以前から、テロ事件が起こると知りつつ放置した」という田中氏の説が、やはりホントだったことが明らかになってきた。<http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Bushwar/us_pre-attack_memo.htm>  
ようやくこうしたニュースが報道されるようになったことを、アメリカ社会が徐々に正常化してきた、と考えるべきか、さすがに隠しきれなくなった、と考えるべきなのか・・。いずれにせよ、世の中には、マスメディアでは知らされないとんでもない闇が存在することを改めて認識。ちょっと、大人になったよ(^^;)。

  ■5/14/2002
 友人&知人に、「『ウソだろ?』と思うだろうけど、読んでみて」と勝手に田中宇著『仕組まれた9.11』を送りつける。メールマガジンで発表された記事に加筆したものだから、馴染みの方も多いに違いないが、一冊にまとめられると、インパクトはさらに強まる。ここでの主張は、「アメリカは、9.11以前からアフガニスタンを皮切りに『第二次冷戦』的な、長期の『テロリストとの戦争』を始める計画を持っていたふしがある。」「アメリカ政府の上層部は、9月11 日に大規模なテロ事件が起こると知りつつ意図的に放置したか、もしくはテロ事件の計画そのものに関与していたと考えたほうが無理がない」というもの。
 これらの主張は、マスメディアの報道で作られた‘常識’から、あまりにかけ離れているために、‘トンデモ’な陰謀論、として片づけられる恐れもあるが、あとは、各自が、できるだけ多くの情報にアクセスして精査するしかない。
 で、身近なとこでは、有事法制。世界が、田中宇氏が考えるような潮流の中にあるのだとしたら、日本の有事法制がどういう役割を担うのか、と考えると恐ろしくなる。メディア規制法案もあるし・・。
 気分が暗くなった時の最近の憩いは、「サムライ・ジャック」。ケーブルの「CARTOON NETWORK」で始まったアニメだ。ポップ&キッチュで武士道的センスもナイス。日本のアニメも頑張ってほしいゾ。 http://www.cartoonnetwork.co.jp/jack/default.asp

  ■5/8/2002  
みなさん、GWでリフレッシュしましたか〜。僕は、カゼがぶり返すは、取材が急に2つ入るはで、あたふた。胃に悪いよ(^^;)。
 大野健一著『途上国のグローバリゼーション』を読む。別の本を買うつもりでアマゾンにアクセスしたら、トップページの‘おすすめ’で紹介されていて、思わず買ってしまったもの。近ごろ本とCDは、ほとんどアマゾンで買っているんだけど、僕がチェックする本の傾向を分析して、‘おすすめ’本を紹介してくれている。それがけっこう的を射ているから、ありがたいやら、くやしいやら、気持ち悪いやら。
 で、『途上国のグローバリゼーション』。グローバリゼーションというと、最近では、歴史的な意義や現実を踏まえず、ただ否定すべき悪の根源のように評されることも多い。貧富の格差の拡大やその影響を考えると、心情的には‘アンチ’と言いたいところだが、かといって、ただ前近代的な閉鎖的地域社会に戻ればいい、というわけでもない。とくに、生活水準の向上を願っている途上国にとっては、世界的市場経済の導入は悲願だ。この本は、途上国の自立的は発展のためには、どういう問題があるのか、という現場の視点から語られている。世界経済をマクロな視点からだけ語りがちな経済学者が多いなかにあって、そのスタンスは貴重だ。対抗案というのは、システムの問題を具体的に詰めていく作業から生まれる、と思う。

■5/1/2002  
ATTAC Japan主催の「スーザン・ジョージと反グローバリゼーション運動を考える集い」へ。NHKスペシャル「変革の世紀」でフランスのATTACが紹介されたためか、主催者も驚くほどの盛況ぶり。フランスでは、20代、30代の参加者が多いというが、日本では、まだまだ。かっての労働運動や市民運動を越えて、若く新しい市民運動になっていくことを期待する。
 29日は、パレスチナ・ピースウォークに参加する、つもりが、対スロバキア戦が4時からで、バッティングしていることに、直前気づく。で、迷わず自宅でテレビ観戦。あ〜、あたしゃ、そんなヤツです。情けないけど。このところ、完全に‘サッカー熱’に冒されていて、これが重症。この前のコスタリカ戦のときも、打ち合わせの時間を変更してもらうし(^^;)。ワールドカップ期間中は、どうなってしまうのか〜。

■4/23/2002
 雨の中、アースデイ関連イベントに参加して、カゼ。去年も寒くて、カゼひいたな・・。毎年、活動の輪が広がっているようでなにより。さらに大きく、一般的なイベントになってほしいもの。
 我が家は自動車の買い換え。長年、お付き合いしたおんぼろフランス車が、車検クリアするのに相当な修理代が必要という。僕は、完全ペーパードライバーだし、家人がたまに買い物用に使うだけだから、「もうチャリンコでいいじゃん」と申し上げたのだが、そうもいかない、とのこと。で、悩んだ末に、ホンダのハイブリッド車、インサイトを購入。昨日、はじめて助手席に乗せてもらう。とりあえず、静かでよろしい(^^;)。次に買うときは、何年後かわかんないけど、安くてカッコイイ燃料電池車が登場してることを願う! 
 そういえば、車検がなけりゃ、まだおんぼろ車で充分だった。車検っていうのも、なんだかな。規制は炭素にかけてくれ!
※今週から、「POST HOTWIRED」は、この新着情報だけとなりました。これからもよろしくご愛読ください。

■4/16/2002
 パレスチナの状況が酷い。酷いといっても、マスメディアでは、ほとんど表面的なことしか伝えられないから、ネット上の情報を拾うだけなので、本当の状況はわからないのだけれど、まず、こちらのサイトを見てください。
<http://electronicIntifada.net/features/articles/020312beithanina.shtml/A>> <
http://plaza17.mbn.or.jp/~CCP/news/updateJ.html>  
 これまで社会運動や政治には、積極的に関わってこなかったから、こうした惨劇を目にして、自分でどう対応していいのか戸惑う。昨年から、アフガン難民支援のため、自分なりに動いてみたが、結局、何も役に立たなかったのでは、という虚しさが残る。以前から、現地で地道に活動してきたNGOの方などにすれば、「この短期間だけで、何を甘いことを言っているのか」とお叱りを受けるだろうが、継続して運動する、ということに精神的に慣れていないのだ。それに、環境問題や原発・・見聞きするだけでも、解決されるべき理不尽なことは山ほどある・・。
 しか〜し、やはり、1ミリでもいいから、この社会をいい方向を動かしたい、と先のサイトの写真などを見て、あらためて思う。

■4/9/2002
 最近のWIRED NEWSの中で、個人的ヒットは「水に落としたデジカメが「魔法のカメラ」に大変身」 < http://www.hotwired.co.jp/news/news/20020404207.html >。誤って大事なデジカメを水に落とし、引き上げて乾かしたら、そのカメラは独特のシュールな作品を生み出すカメラに変身。持ち主もカメラマンとして第2の人生を踏み出すことになった、というおかしな話。
 そうなんだよな〜、デジカメって、銀塩カメラのように、ただクリアに写る、ということだけに存在意義を見いだしていても面白くない。映像を写し取るソフトを、ユーザーが加工し、入れ替えできるようにすれば、さまざまなテイストで写るフリーソフトがネットに溢れるに違いない。先日も書いたように、有名カメラマン風に撮れる、と謳ったソフトも現れるだろう。だいたい、映像をすべて自分の思いどおりにコントロールして、写し取ろうと思っているカメラユーザーは少ないはず。デジタルツールの楽しさは、やはりユーザー参加によって、その可能性が予想もつかない方向に拡張されるところから始まる。

■4/2/2002  
お花見しましたか〜?近所の公園がサクラの名所で、ジョギングのつもりが、途中から花見。ぽかぽか陽気で、ぼ〜っとしてしまう。
 が、アフガニスタンでは、地震の追い打ち。イスラエルでは、パレスチナの自爆テロが、日常化している。‘自爆’という手段を選ばざるを得ない人々の心理をどう想像すればいいのか・・。世界で起きていることを、想像し、イメージする力が及ばなくなる。そして、ついつい「自分には関係ない」と考えるのを止めてしまいたくなるのだ。
 さらに身近なところでも、有事法制や個人情報保護法・・問題が多いとされる法案がぞくぞく。なんでもかんでも、ただ、お国のやることは反対、というつもりはないけれど、メリットやデメリット、恩恵を受ける人、被害を被る人、これからどんな社会にしようとしているのか・・などなど、これらの法案を推し進めようとする人々が何を考えているのか、しっかりと想像する必要があるだろう。「自分には関係ない」わけがないのだから。しかしここでも、日々の雑事に埋もれて、想像する力の欠如を痛感する・・。

■3/26/2002
 毎日お世話になってるPCも、‘骨董’って呼んでもいいオールドマシンだし、デジタル・ガジェットへのフェティッシュな執着もあまりないのだけれど、近ごろ、かな〜り悩んでいるのが、デジカメ。
 インタビュー取材などで、ブレボケな写真を撮ってきても、なんとか使えるよう、デザイナー氏が加工してくれるのをいいことに、甘えに甘えたここ数年。もう少しきちんとした写真を撮ろうと、新機種を物色している。基本的な撮影技術の欠如が大きいのだけれど、今使っているのはそれ以前の段階のカメラだし・・。しかし、デジカメの技術革新は、すごい。迷っているうちに、次々新製品のラッシュ。最新技術も、どんどん古野菜化するし、掲示板での細かなスペックをめぐる論議は、読み比べてるとクラクラしてくる。画素数を競うのもいいけれど、ロバート・フランク・モノクロ風とか、リチャード・プリンスカラー風(^^;)とか、カメラマンの技術やテイストを、カメラのソフトに入れ込む工夫はできないものですかな。それって冒涜? 
こっちは、取材対象がかっちり写ってればそれでいいわけだけれど。‘いい写真’って何なのか、‘いいカメラ’って何なのか、なかなか難しい・・。

■3/19/2002
 最近、マンガを読まないなぁ。最後に買ったのが『ドランゴヘッド』という情けなさ。80年代を代表するマンガは、大友克洋の『AKIRA』、90年代は山本直樹の『ありがとう』、と個人的に決めつけているわけだけど、その後は、なんだか惹きつけられるものがない・・。で、その山本直樹氏の本『テレビを消しなさい』(平凡社)が先日、出版された。当ウェブで好評連載していた「武蔵野緑地帯潜入記」<http://www.hotwired.co.jp/culture/yamamoto/000307/>や、エッセイが収められている。文字でも匂い立つ山本ワールド。ファンは、必読です。本誌のインタビューはこちら<http://www.hotwired.co.jp/culture/interview/990608/>。
 ワールドカップ韓国観戦ツアーのプランを立てようとしているのだけれど、情報がなかなかない。旅行代理店は、まだ6月の航空券、ホテル情報を公開していないので、個別に問い合わせないといけないし、羽田発のシャトル便がでるとの情報もあるが、未確認&未発表。ホテルも、FIFA 公認サイトからの予約は、確認に20日(!)かかる。ネット予約のできるWorldinnは、いわゆる旅館やモーテル系で、「おいおい、どんなとこ?」と不安になる。韓国ってこんなに近いのに、なんも知らない。これで距離が縮まるといいよね。ということで、話題のホームステイ「民泊」にも申し込むつもり。いい情報あったら、教えてください〜。

■3/12/2002
 世間は宗男で大忙し(?)ですが、ここんとこもっと注目されるべき話題が沢山ある。ブッシュ政権の7カ国を対象にした核兵器の使用計画はとんでもないし、こっちのユージホーセイもかなりやばい。テレビじゃほとんどやらないから、僕らが自分自身でよ〜く考えるしかない。参考サイト<http://www.nowar.jp/>。
 それに、政府のデフレ対策も、すっかり‘宗男’の陰に隠れてしまった。年度末にバタバタと市場操作して、無理やり株価あげて、4月、5月は、大丈夫なんでしょうか〜?
 政治家や官僚の倫理問題をモグラ叩きするよりも、安全保障や経済の問題のほうが、私たちの生活に直接影響する重要な問題だと思うんだけど。盛り上げるには、やっぱり、ワイドショーで、芸能ネタの間にやんわり社会ネタを混ぜるしかないか。さらに、数年先を見越した計画で、子供対策として、アニメ作るってのはどう?『キャプテン翼』や『光の碁』ばりに、たとえば『国境なき医師団A』とか・・(^^;)。
 既存のマスメディアを批判してても、虚しさがつのるから、ネットメディアも頑張らないと、とあらためて思う。

■3/5/2002
 ワールドカップのチケット、やっと入手! 国内販売は、1次も、2次もまったく相手にされず、FIFAのウェブから海外販売枠へ応募。韓国でおこなわれるブラジル戦。その後もFIFAのサイトがアクセス不調で、当たったのかどうか、よくわからなかったのだけれど、先日、イギリスからエアメールが届きましたよ〜。かぁッ〜神様、ありがと。宿泊プランを考えないと・・いゃ〜自慢ですみません。
 また、先日から、Loungeの不具合を調整しています。登録者のみなさんにはご迷惑をおかけしており、お詫びいたします。

■2/26/2002
『地獄の黙示録 特別完全版』を観る。公開時にはカットされた部分を、50分も増やして、3時間半。長いとは感じないが、始まった瞬間から、身体の奥底を強引に鷲づかみにされて、グラグラ揺さぶられる感じで、観る側にもエネルギーが求められる。しかし、追加された部分のためか、以前のような混沌とした感じはない。
カーツ大佐は、人間の狂気を体現しつつ、抽象化した存在にも思われたが、ラオスの奥地に住むモン族をゲリラ兵として訓練した、CIA特殊工作員という実在のモデルがいた・・という話を最近聞いて、印象がやや変わってしまった。が、映画として、とんでもない傑作であることは間違いない。
シーンをひとつひとつ思い浮かべながら、フラフラになって帰ると、夜中にケーブルTVで、『ディア・ハンター』をやっていることを知る。「なんだよ〜、また3時間かよ〜」とか言いながら、ハリキッテ観る(^^;)。がぁ〜、やっぱり、こっちも凄い。
 ベトナム戦争が終結したのが、75年。『地獄の黙示録』の公開は、79年。この後にも、『プラトーン』(86年)、『フルメタル・ジャケット』(87年)とベトナムを舞台とした傑作が続く。それだけ多くの人々の心を支配した出来事だったのだろうし、現実として起きた事実を整理し、映画として作品化されるのに、ある程度の歳月が必要だったのだろう。
 そして今、アフガンで起きている現実のことを考えると、30年前の戦争よりも、何が起きているのかわからないし、リアリティーが薄いことにあらためて気づかされる。

■2/19/2002
 先週につづいて、「経済」を付け焼き刃的に学習。クルーグマンのインフレターゲット策への反論を偶然見つけて読む。近ごろ巷で話題の、木村剛『キャピタル・フライト 円が日本を見捨てる』。この人も怒ってます。ここでは「不良債権が時限爆弾化していて、資本の海外逃避、円の下落、そして激しいインフレの発生は不可避」という。インフレターゲットなんか、けちょんけちょんに批判。エコノミストはみな、「どうしてこんなジョーシキがわからないのか。あんたはバカか」と迫ってくる。論理的には、よくわからんな〜と思いつつも、声の大きさに圧倒される、ということがよくあるのだけど、この本のプッシュ力もなかなか(^^;)。
 続けて、野口旭+田中秀臣『構造改革論の誤解』を読む。こちらも負けじと怒ってます。マスコミで使われる「構造改革」の意味が曖昧で、非経済学的な改革論に辟易としていた、という立場から、マクロ経済政策と構造改革をごっちゃにするな、と説く。「日本には解決されるべき多くの構造問題が残っているが、それは90年代以降のの日本経済の停滞とは基本的に無関係である。それでは、日本の長期停滞の真の原因とは何か。それは、バブル崩壊後の資産デフレに端を発する、マクロ的な総供給に対する総需要の恒常的な不足である」という。この人の立場は、クルーグマンと同様だ。で、こういう人は、先の木村剛論についてどうなのか、と思っていたら、あったよ、ぼろかすだ。<http://www.inose.gr.jp/back/02-1-25.html>
 浅学非才の僕などには、結局どちらが正しいのか分からないのだけれど、今のところ、野口氏サイドの論理に説得されている。しかし、誰にも影響のある社会の重要事項にも関わらず、学者も評論家も専門家も、自分と同様の考え以外は「愚かだ!」って貶しあう「経済談義」って不思議。こちらもだまされないようにしないと〜。

■2/13/2002
 自分の身は自分で守ためには、‘今、何が起きているのか、これから、何が起きようとしているのか’という、現状を認識することが必要だ。こうした基本的なことを知るために、「経済」を理解することが、これまで以上に重要になっている気がする。
 クルーグマンの『恐慌の罠』を読む。今まで評論家のみなさんが、テレビの向こうで、唾を飛ばしながら激論している内容が、どうもピンとこないことが多かったのだけれど、この本のあまりのわかり易さにビックラ。そして、恐くなる。
 詳細は省くけれど(^^;)、小泉政権のやろうとしている構造改革は、短期的に経済を大きく収縮させ、深刻な不況の最中に、緊縮財政を採用したフーバー大統領に似ている。そして、著者がもっとも恐れるのは、デフレが加速し、システムが崩壊する1931年型の大恐慌のシナリオが現実のものとなること・・。で、この危機を避けるためには、思い切った金融政策とインフレターゲット政策、が必要と氏は言う。この本からは、かなりの緊張感が伝わってくるけれど、先日のG7での塩爺などの対応を見ていると、まだまだ余裕だ。
 とんでもないことが起きないことを願うが、嫌な予感がする。クルーグマンの『恐慌の罠』への反論、どこかにあったら教えてください。

  ■2/5/2002
 先週、世界的な会議が二つ行われていた。ニューヨークで開催された「世界経済フォーラム(ダボス会議)」と、ブラジル、ポルトアレグレで開催された「世界社会フォーラム」だ。前者は、著名な政財界人が集って、その報道も多いが、後者の存在は、日本では、ほとんど知られていない。こちらは、富の再分配や貧困の解消など、‘もうひとつのグローバリゼーション’を論じる会議で、チョムスキーらの識者を始め、世界中から約1,000の団体、5万人が集まっている。詳細は、こちら。 http://www.hotwired.co.jp/news/news/20020201206.html
http://www.jca.apc.org/attac-jp/japanese/index.html
 先日のブッシュ大統領の一般教書演説などを聞いていると、力でねじ伏せ、突出しようとする姿勢が鮮明になり、恐ろしくなる。こうした力の政治に対しては、今回のポルトアレグレのような、世界的な連帯を推し進め、対抗しようとする気運がこれから、ますます盛んになるだろう。
 昨年のテロ事件以降、ブッシュ大統領をめぐって、エンロン疑惑をはじめとして、まさか、と思うような事柄が次々あきらかになっているが、この「カーライルグループの闇」も凄い! http://loopcafe.jp/site3/article_rh_carlyle.html
近頃、ますます日本のマスコミの力が弱ってきている気がする。今、何が起きているのか、これからどうなるのか、を考えるために、できるだけ自分の力で情報を集めて、自分で判断するしかないのだろう。

■1/29/2002
 このところワークシェアリングが話題になっているが、その本場、オランダの状況を記した『オランダモデル』を読み直している。日本で最近言われるワークシェアリングというと、解雇をほのめかしながらの賃下げの押しつけを、甘い言葉でくるんでいるだけのように感じられるが、その本家での状況は、まったく異なる。
 オランダでは、80年代に失業率が上昇し、オランダ病とまで言われた状況を打破するために、政労使三者間で、雇用確保を最優先させるため自主的な賃金抑制に合意したことに始まる。さらに実質賃金を維持するため、減税が行われ、購買力は上昇した。また画期的なのは、フルタイム労働とパートタイム労働の差別を禁止する法律が導入され、人々がさまざまな働き方を選択するようになったことだ。アメリカ型の夫婦共働きによる1x2=2.0型ではなく、夫婦ともに、パートタイムで働き、家族所得は、1.5型を追求する。これにより、個人の自由な時間を増やし、社会参加の可能性を広げる・・。
 何も変わらない・・と思いがちな日本の状況ではあるが、まだまだ頭は使いようらしい。
 ヨハン・クライフに憧れて、背番号14を付けたサッカー小僧時代以来・・オランダが、まだまだ気になる(^^;)。

■1/22/2002
 年始の『なぜ世界の半分が飢えるのか』につづき、スーザン・ジョージの『ルガノ秘密報告』を読む。某委員会から委嘱をうけてこの「報告書」を作成した、という体裁をとっている。「グローバル市場経済生き残りのためには、人口削減戦略!が論理的に不可避であることを証明し、その実行方法を提起している」というとんでもない内容。
 イギリスのサッチャリズム、アメリカのレーガノミクスなどの新自由主義政策以来、世界はまさに、経済・社会・環境的に、破壊へと突き進んでいる、という危機感から、著者は、このショッキングな本を書いた。
 そして、この流れに対抗するためには、まず、地方、全国レベルの民主主義を強化し、さらに、オルタナティブなグローバリゼーション=NPOやフェアトレード、国境を越えた労働運動の組織化などが必要だと提起している・・のだけれど・・。
 で、こうした潮流の中、一億総中流社会と言われた日本の社会は、今どうなっていて、小泉首相の「構造改革」は、何をしようとしているのか。自分の足場で何が起きているのかを確認するために、新連載、稲葉振一郎の「地図と磁石──不完全教養マニュアル」は、かっこうのテキストになるはず。ぜひ、アクセスを!

  ■1/16/2002
 ニュースで見ただけだが、各地で行われた成人式が、とんでもないことになっていて驚く。自分が、二十歳だった頃も、我ながら情けなくなるような幼さではあったのだけれど、その傾向が、ますます進んでいるようだ。
 そんなところに、玄田有史著『仕事のなかの曖昧な不安』を読む。一般的にイメージされている中高年層の失業よりも、若年層の失業とその過酷な労働時間のほうが深刻なのだという。そして、増加するフリーターやパラサイトシングルという現象は、「現代の若者気質」なのではなく、中高年の雇用既得権によって、若者が就職のチャンスを奪われているからだ、という衝撃的な事実をデータで解説している。自分の身を自分で守るためには、「何かの形で自分で自分のボスになる」という意志と戦略をはっきりと持つこと、だという。社会に生きるみんなが、どうすれば今より少しでもハッピーに生活できるようになるか考えるのが経済学だ、と語る著者の視点は、温かく、奇特でもある。

■1/8/2002  
あけましておめでとうございます。
 スーザン・ジョージの『なぜ世界の半分は飢えるのか』を読む。「第三世界の飢餓は、けっして人口過剰や天候異変だけによるものではない。世界の食糧を操って食糧不足を作り出している、巨大な多国籍食品産業の実態を衝く。」というもの。正月早々こんな悩ましい本を手にしたのは、911のテロ事件以来、私たちの生活に欠かせない石油や食糧をめぐって、世界政治や企業の覇権争いはどうなっているのか、ということに関心が向いていたからだ。
 著者は、言う。「飢餓や飢饉は、不可避なのではなく、はっきりと明示し得る、そして私たち人間がどうにでもコントロールできる、権力に起因している。あなたもその人類の一員である。とすれば、そうした権力を動かせるはずだ。そのためには、まずなによりも、あなた自身を教育する必要がある。ニュースの裏にあるニュースを見抜き、また、そのニュースを素直に受け取るよう望んでいるのは誰ということを知るべきである。」
 世界の闇は深く複雑だ。そして、日本の現状は、視線を遠く、先に向かわせる余裕もないほど逼迫している。語られるのは、「個人の責任」という不可思議な言葉ばかり。こういう時こそ、‘希望’が欲しい、と思う。今年は、この光の点を探していこうと思います。これからも、よろしくご愛読ください!  
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