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Hotwired Japan 更新メール後書き

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■12/26/2000
 今年の週刊(毎火曜日)更新もこれで最後となりました。
 ネット業界の2000年は、他のメディアから過剰に、持ち上げられたり、叩かれたりで、毀誉褒貶が激しかった1年といえるでしょう。できるだけ、長期的な視野で、時代の流れを深く捉えていきたい、と心がけていた僕たちも、その渦のなかで、いささかバタついた、と反省してます。
 また、3年前の創刊時のテーマ、「alternative values for 21st Century」を、より絞り込んで、「Net+Eco/Love -- the standard for us」としましたが、エコロジーは、多方面にわたる問題だけに、やや力不足の感が残りました。
 来年は、これまで以上に、よりよい社会へ向けてのネット利用の形やサステイナブルなライフスタイルを考えていきたいと思っています。もちろん+お笑いで。
 それでは、みさなん、今年1年ご愛読いただきまして、ありがとうございました。よいお年をお迎えください!
 ご意見メールもお待ちしてま〜す。

■12/19/2000
 今月のウェブボーターでの編集部からの質問には、さすがにサザンや拓郎氏のファンの逆鱗に触れてしまったらしく、お叱り&お怒りのメール、多数。やや、誤解があったと思われるのは、「おとななんだから、それなりにしてほしい」という選択肢。静かに隠居したほうがいいのではないか、と思っているわけではなくて、すでに地位や名声を勝ち得た存在なのだから、社会との接点とか、音楽産業のありかたとかを捉え直すような、大人ならではのチャレンジ、をしてほしい、という意味だったのですが、なかなかファンの方にはご理解いただけなかったようです・・。いずれにせよ、ネット上に、悪意のタネを撒き散らすのは、まったくこちらの本意ではありませんでした。問いかけの方法や説明の仕方、をより気を付けないといけないと、また学習してます。
 PHP新書の『社会起業家』に目を通す。著者によると「社会起業家」とは、「教育、環境、文化など社会サービスを事業として行う人たち」「ボランティアとも経済的利益だけを追求する起業家とも違う、新しい働き方」とのこと。今後、大いに注目を集めるキーワードとなるに違いないと直感。これから、NPOで働くという人も増えてくるだろうが、P・ドラッカーが言うように、NPOにも、適切なマネージメントが必要だ。ネット起業で一攫千金狙った人も、そのノウハウと人脈使って、次は、「社会起業家」ってことで、お願いしたものです。

■12/12/2000
忘年会さぼって、Jリーグ・チャンピオンシップへ。寒さを心配して、寝袋まで持っていったのに、そんな重装備のヤツは、誰もいない。近くで旗ふってた、アントラーズの熱狂的サポーターは、上半身裸だし。笑。マリノス・ファンには可哀相だったけど、冬の夜空が、とても気持ちのいいサッカー観戦日よりでした。
 以前、ここで書いた、サッカー企画募集。たくさんのメールありがとうございました。すみません、まだ決まってません。まだ、ライターさん探してますので、ホットワイアードに適任の方、いらしたら教えてください。
   僕の好きな写真家・広川泰士さんが、ウェブサイト作りました。97年の日本海のロシアタンカー座礁事故後の海岸を撮影したシリーズ、日本の原子力発電所を撮りためたシリーズ、そして地球の風景が圧倒的に美しい「惑星の音」シリーズなどを見ることができます。「惑星の音」は、激しくオススメしますよ。
http://www.cyberoz.net/city/hirokawa/

■12/5/2000
 いよいよ12月、なんだか気分は、いっそう忙しなさをましてますが、そんなこんなで、ヨタ話。
 いやぁ、20世紀もあとわずかですね〜、とか、もうすぐ21世紀、とか、頻繁に見聞きするわけですが、このフレーズに妙な違和感を感じ続けて、ほぼ1年。笑。以前に、一度書きましたが、今年の1月1日号の「TIME」誌の特集は、「Birth of A Century」。そこでは、NYのタイムズスクエアを筆頭に、新世紀を祝う世界各地の模様をレポートしていて、台湾、中国、インド、バリ島まであるのに、すっぽり日本だけ抜けてます。もしかして、21世紀は2001年から始まる、と思ってるの、日本だけなんじゃねぇの、という余計な心配と微かな期待?をしていたわけですが、「新世紀の始まりは、00年なのか、01年なのか」という論争は、400年あまり続けられているようです。笑。知らなかった。感激の詳細は、こちら。http://www.ne.jp/asahi/21st/web/millennium1.htm
 日本では、福沢諭吉が決めた、とか。もうどうでもいいといえば、ほんとにどうでもいいけど・・。新年のイベントとか、どうなるんでしょうか〜? 代理店のみなさんとか、頑張ってるんでしょうか。世界中で日本だけ大騒ぎして、首相のノンキなご挨拶、とかあったら、けっこう楽しすぎるかも。
●こちらは、シリアスな問題。
トカラ列島・十島村へ核廃棄物施設が作られようとしています。

■11/27/2000
 イベント2つへ。
 23日、NHKホールで行われた「未来への教室」の公開録画。この番組は、さまざまなジャンルの識者が子供たちを相手に行う特別授業シリーズで、ファンの方も多いだろう。公開スペシャル(日曜日に放映された)のセンセイは、SETIのフランク・ドレイク、地雷廃絶運動家のクリス・ムーン、マリ共和国の宇宙工学博士シェーク・ディアラ、それに坂本龍一。イベントそのものは、楽しんだが、センセイの役回りのゲスト陣を‘世界最高の知性’とか‘スーパーティーチャー’とか、別世界の人のように崇める姿勢に、ちと違和感。それにしても、最近のNHKは、頑張ってる。教育、環境、という現在、もっとも重要で、もっとも難しい課題に対して、さまざまなアプローチを試みている。料理とバラエティばかりの民放は、ほんと見ないな、最近。
 もひとつ。東大の学園祭で行われたシンポジウム、「21世紀の資本主義」。出席者は、柄谷行人、浅田彰、スガ秀美の予定が、浅田氏ドタキャン。代わりにLETSの西部氏。柄谷氏が提唱する資本と国家への対抗運動、NAM(New Associationist Movement)に注目する人々がわんさか集まって、大教室の椅子に座れず、床であぐら。NAMは、地域通貨と生産協同組合を中心にして新しい社会運動を目指して結成された運動体だ。ネット、サステイナブルな社会、環境、をキーワードにこれからの社会の行く末を考えているものとして、ひじょうに注目したい動きだ。
 いやぁ・・列に並ぶのが、ほんとに嫌いなんだと、大勢の人が集まった2つのイベントに行って実感。待つ、のは、そんなに苦じゃないんだけど、列に並んでゾロゾロと歩くと、途端に気分が重くなってくる・・。我ながら、困ったもんです。

■11/20/2000
 急に寒くなりましたね〜。動きが鈍る・・オレは、ジイさんか?(^^;
 日曜日、「世界聖なる音楽祭 2001 」のプレイベントがあった。この音楽祭は、ダライ・ラマが提唱したもので、特定の宗教や政治的な意図を越えて、新千年紀の「平和、理解、幸福」をテーマに世界各地で開催されているもの。日本では、来年の5月に広島で開催される予定だ。日本での実行委員長の近藤等則のライヴとダライ・ラマへのインタビュー・ビデオの上映を見に青山のライブハウスへ。近藤等則氏のエレクトロニック・トランペットによるライブは、期待以上に素晴らしく、わき上がるイメージに圧倒される。集まった観客も、イベントの趣旨に共感しているのか、音楽好きなのかはわからないけれども、とてもナチュラルでいい雰囲気に思えた。
 ライブ後の近藤氏の説明によると、資金も、準備もまだまだで、すべてボランティアの参加にゆだねられている、とのこと。参加ミュージシャンは、世界各地の民族音楽家と、ビル・ラズウェル、ジャー・ウォーブル・・と、渋いが、渋すぎるのが心配だ(^^;。準備資金を集めるために、地方でのイベントも開催したいとのことで、協力者を求めている。詳細は、こちらへ。http://www.wfsm-jp.org/
 近頃、こうしたボランタリーなネットワークによるイベントが増えている。すでにのべ150万人の人が観たという龍村仁監督による映画『地球交響曲1番〜3番』も、地方上映のほとんどが各地のボランティアによって運営されているし、次作の「第4番」では、「ひとこまスポンサー」という形で、すべての製作資金を集めようとしている。詳細は、こちら。http://www.gaiasymphony.com/
 こうしたボランタリーなネットワークが形成されるようすを見ていると、その中心になる人物のキャラクターというのがひじょうに重要だと思う。「リナックス」のリーナスもそうだ。金銭欲や名誉欲が透かし見えると、途端に協力者たちはシラけるし、かといって、聖人でも、近寄りがたい。いい意味で、おおざっぱ、がいいようだ。
 何かが、動いている感じがしますね・・。来春は、広島、行こうかな。

■11/14/2000
う〜む、カゼが腹にきて、力が入りません・・。
サッカーにまつわるコラムの連載を始めたいと思ってます。で、執筆者としてどなたがいいかと、サッカーにまつわる本を読みあさってます。専門誌でもない小誌がやるなら、スター選手への密着モノでもなし、ドラマ仕立てのスポーツ・ノンフィクションでもなし・・。サッカー・ジャーナリストというのも、限られた方々が、方々の媒体でフルに活躍されていて、意外にバリエーションがないものなんですね〜。ホットワイアード的、ということでは、サッカー専門以外の方で・・今福龍太さん、細川周平さん、とかでしょうか・・書いてくれるかどうかわからないけど・・。みなさんのご意見、教えてください。

■11/7/2000
起きたら、風邪でフラフラ。昨日、フリーマーケットに、無理して出かけたのが失敗だったか・・。
というわけで、いつもにまして、ヨタばなしを。
今、大リーグ選抜が来てますよね。ほとんど野球には興味ないんだけど、ボンズや、ランディ・ジョンソンだったら、僕でも知ってる。テレビ中継を目にして、驚いたのは、バカでかいホームラン打たれて苦笑いの日本の投手の姿と、まばらな客席。サッカーのセリエA選抜が日本に来たら(ありえないだろうけど)、サッカーファンは、たいへんなことになるはず。親善試合だとしても、日本の選手も、自分の力を試し、アピールしようと、もう必死になるだろう。何か、野球には、選手にもファンにも、外向きの姿勢がみられず、はっきりいってイケてない。
もひとつイケてない話。バス釣りで使う疑似餌のワーム?から、汚染物質が溶けだしていて、環境汚染を引き起こしている、という。ぼくは釣りをしないので、これまた間違っているかもしれないけど、どうもバス釣りには、いいイメージがない。湖の生態系を壊し、魚を単にお手軽な快楽の道具にしているとしか感じられない。自然と接する遊びをしていながら、その自然に感謝するという姿勢がない。詳しい状況を知りようがない初心者は仕方ないだろうけれど、ベテラン、なかでも、ここ数年、バス釣りをPRしてきた芸能人やコピーライター氏には、その責任があるように思える・・。フライはそうでもなさそうだけど、どうなんすかね?
 抗議メールは、お手柔らかに、お願いしまする。(^^;

■10/30/00
 ウェブ雑誌を作るようになってからの戸惑いのひとつは、読者からの‘批判メール’の多さだ。それも、記事への論理的な批判というよりは、感情的な不満、罵声、に近いメールが、どっと押し寄せることがある。その程度のモノしか作ってねぇだろ、と言われれば、それまでなのだが、紙の雑誌を編集していた時には、比較的丁寧で好意的な手紙をいただくことが多かったので、この読者の反応のギャップには、ときにめげたり、へこんだりするものだ。よく言われることだが、匿名で容易に発信することのできるEメールの特徴なのだろう。
 先週、長野県庁職員の新知事を迎える態度をめぐって、膨大な苦情メールと電話が県庁に押し寄せている、という。たしかに、あのオッサンの態度は、これまで市民への対応も同様に傲慢だったのだろう、と思わせるに充分なものではあった。
 そういえば、オリンピック柔道の判定をめぐって、ニュージーランド柔道協会のもとへ脅迫めいたメールも送られたという報道も記憶に新しい。
 Eメールという手段を手にしてからのぼくたちは、何か、外へ向かって意見・不満を言う、という回路が急に開放されたようだ。篠原選手のようにすべてを自分で抱え込むかっての日本の美意識は、世界を舞台にしては逆に誤解を招くだけで、強く自分の正当性を主張すべきだ、とも思う。ただ、その場合、必要なのは、ただ激しい感情の吐露ではなくて、論理的な指摘でなくてはならないだろう。でないと、互いに次のステップへ進むことが出来ない。
 ときに凶暴にもなるメールの嵐。これは、このメディアの特性、というだけではなく、今、日本の社会が抱えるギリギリの不安や不満が、スケープゴートを見つけては、一気に爆発している姿、のように思える。

■10/23/00
 このところのちょっとした個人的テーマは、「グローバリズム」。世界各地で進むグローバリズムの波は、貧富の拡大と地球的な環境の悪化をもたらしているのではないか、という危惧からだ。そんなわけで、『レクサスとオリーブの木』トーマス・フリードマン、『グローバル経済は世界を破壊する』ジェリー・コマンダー、『反グローバリズム』金子勝、『第三の道』アンソニー・ギデンズ、雑誌『インパクション/特集・グローバリズムを包囲する』、を続けて読む。
 グローバリズム対ナショナリズムという対立図式を越えようとする「第三の道」を提案する金子氏や、アンソニー・ギデンズの指向に、個人的には強く共感を覚えていた。
 先日、ぼくのこんな考えは、‘恵まれた経済圏の無知なおめでたいぼんぼん’の意見にすぎない、とあるライター氏から、強烈に喝破される。むむ。氏はいう「私が疑問に思うのは、グローバルな市場経済の一員になる前の各地域社会は、過去においても、また仮にグローバル市場からの完全隔離に成功した場合の将来においても、いったいどれほど“善良にして健全なる”社会なのか、という点だ」さらに「全員が互いに搾取関係のない、もちろん飢えもない、互角なプレーヤーになることの達成、教育やメディアのグローバルな普及といった条件が現実的に整ってから以降に、本格的に動き出すプロセスであろう」。むむ・・でも・・。「できれば、東南アジア、南アジアなどの超貧乏国を1か月ぐらい旅してみてください」。げっ。
 こんなやりとりしながら、編集してます・・トホホ。やりとりのお相手は、鬼教官、岩谷氏。原稿は来週アップです・・涙雨。

  ■10/17/00
今日の言い訳。
これからやろうと思っている特集企画!!
●『ネット通貨の可能性』 円やドルのような国民通貨や、以前話題になった電子マネーとも違う「ネット通貨」の可能性を考える。構想&相談&依頼、3ヶ月以上・・なかなかまとまりません・・泣。
●『地域ポータル』 グローバリズム、ビジネス主導のネット利用とは、逆の発想が重要な‘地域ポータル’のあり方を考える。進行中・・と言って、2ヶ月。
●『P2P&ビジネス』 グヌーテラや「SETI@HOME」に代表されるP2Pとビジネスのこれからの関わりを考える。ぼーっと考えて、1ヶ月。
むむ〜。これらのアップはいつになってしまうのか〜。果たして、このまま消えるのか・・笑&泣。さすがに編集1人体制は、やや無理があるようです。編集として参加されたい方は↓

■10/11/00
 7日、お茶の水、湯島聖堂で行われた「ゲーリー・スナイダー ポエトリーライブ」へ。ビート〜ヒッピー〜エコロジーを繋ぐ、伝説の詩人の声を聞く。都会の真ん中の聖堂の回廊からぽっかりと別次元の空が開く。80年代がバロウズが再考された時代だったならば、21世紀はゲーリーか。すでに70歳。健在でいてほしい。
 ビート世代の代表的詩人のライブとなれば、ヒッピーカルチャーを指向する人々が集まるのは当たり前なのだけれども、あまりに‘ドロップアウト’な雰囲気に覆われるのも、少し違和感が・・。ゲーリーの主張や考えは、今こそ、もっとメジャーで、メインストリームになるべきなのだ。(98年のインタビューはこちら http://www.hotwired.co.jp/speakout/interview/980901/)
 違和感、といえば、最近、取材で出会ったベンチャー起業家やベンチャーキャピタリストのなかには、「金」への執着があからさまで、どうも馴染めない人も多かった。そんな思いが強く残っていて、本棚から『豊かさの伝説』という、10年前に書かれた本を手に取る。ロックフェラーやカーネギーといったアメリカ・ビジネスを築いた富豪と、それに異議を唱えるソローやガルブレイスの思想の系譜を紹介しながら、ベンジャミン・フランクリン以来の「勤勉・倹約・謙譲・・」という‘働く倫理’や、成功の価値観の変遷を追っている。この本が書かれたのは、アメリカが日本経済に打ちのめされていた10年前。87年、証券取引委員会議長のジョン・シャドは、2000万ドルをハーバード・ビジネススクールに寄付し、倫理課程を設立させた、という。彼は言う「長い目でみれば、倫理は得になる。倫理を大事にすることこそ利口な態度だ」。今の日本にも、こんな視点が必要なのかも・・。

■10/2/00
最近読んだ本。
・「すばらしい新世界」池澤夏樹。風力発電の技術者が、NGOの依頼で、小型の風力発電機を開発し、ネパールの奥地に赴く。そして、その体験が、サラリーマン技術者の内面を徐々に変えていく・・。環境と現代社会、ボランティアのあり方、サステイナブルなテクノロジー、そして、人の生き甲斐、といった現在、もっとも注目されるべきテーマが、静かに、淡々と描かれている。「環境」というと、思い入ればかりが先だって、過激な説教口調になりがちだけれども、池澤氏のスタイルは、あくまで科学の視点にたっていて、論理的な分析がベースになっているのが、いい。
・「マネー崩壊」ベルナルド・リエター。本来、お金とは何かを問い、国家通貨とは異なったコミュニティ通貨の可能性を提案。未来へのシナリオとして、1.企業マネーが支配する。2.地域通貨を中心に閉鎖的なコミュニティ社会となる。3.マネーシステム崩壊後の混沌。4.さまざまな通貨が相互を補完し、持続可能な豊かさを実現する、という4つの未来像を紹介。さて、ぼくらの未来は・・? 分別ゴミの引き替えに、バスのコイン・チケットを得られるというブラジルのクリティバの例は、刺激的だ。
・「Linuxはいかにしてビジネスになったか」佐々木裕一+北山聡。Linuxやオープンソースの流れを追いながら、コミュニティが、いかに経済価値を生み出すのか、ということを分析。インターネットのひとつの特性である「ボランタリー経済」「コミュニティの力」は、これからもますます実践と分析が、平行して進んでいくのだろう。
・「第三の道」アンソニー・ギデンズ、と「i モード事件」松永真理を、ちょびっと読む。
・「ドーハ以後」杉山茂樹、を読み直して、日本のサッカーは、この数年でどう変わったのかを思い起こした。しっかりとしたサッカーの戦術分析を読みたい。それにしてもテレビ解説のM木氏は、ひどいよね(^^;)。

■9/26/00
 23日に、代々木公園で「カーフリーデー」のイベントが開催された。毎年、大規模なテクノパレードとなっていたレインボーパレードが、今年は、「カーフリーデー」に合わせて代々木公園〜原宿で「レインボーウオーク」を行ったらしい。参加しようと思っていたのに、テレビのオリンピック中継に拘束?されて、動けず。我ながら、トホホな、へなちょこぶりだ。
 自動車といえば、我が家にも、エンスーが好むというフランス車があるのだけれども、自動車愛好者でもないぼくなどには、まったく手に負えないくせ者(もう修理代のほうが高く付いてる・・)で、家人が一ヶ月に一度、買い物に使うぐらい。しかし、これもつきあい、廃車にするのも何か忍びないような気がして、駐車場で‘飼っている’状態。
 同じ‘機械’でも、パソコンは、なかなか、同じようにはいかない。仕事柄、ということもあるけれども、数年で、アプリケーションやらプラグインがバージョンアップして、買い換えを迫られる。新しいマシンは、当然、それなりに便利ではあるのだけれども、パソコンへのフェティッシュな興味などはとうにないし、何か余計な買い物をせざるをえない‘いらだち’と‘怒り’が募るばかりだ。
 こうして、買い換えられた古いパソコンをなんとか活用する道はないものだろうか。今週アップのコラム、印鑰氏の「パワー・トゥ・ザ・ピープル」で紹介されているセネガルのNGOでは、パソコンを必要としている。同様の地域は世界中にたくさんあるだろう。ぼくらの手元には、いささか古いけれども、まだ使えるマシンがいくつもあるし、必要とされているところがあるならば、ぜひ使ってほしい。中古マシンを集めようと思えば、かなりの数が集まるだろう。しかし、問題は、どうやって届けるか、ということだ。
 何かアイデアありませんか?

■9/18/00
 オリンピックのサッカー生中継に神経集中してクタクタ。笑。
 今日(18日)は、久しぶりに、気持ちのいい天気でほっとする。このところ、一日中雷がなっていたり、突然、空が壊れたような雨が降ったりで、なんだか、気分も滅入る。「集中豪雨が増えているのも、地球温暖化の影響がある」と専門家が普通の顔して話していたけれども、”温暖化”っていつから当たり前の前提になったのか? しっかりとした手を打たないまま、僕らの日常は、大きな雪崩にのっかっている気がする・・。
 雷鳴のとどろく中、宮内勝典氏の新刊『善悪の彼岸へ』を読む(http://pws.prserv.net/umigame/)。あのオウム事件はなぜ起きたのか。多くの若者信者を獲得したオウムをただ”怪物”として排除するのではなく、それを生みだした日本社会の必然性を読み解く。宮内氏は言う「世界や、自己の実在感を失ったまま、私たちは高度に抽象化されたニヒリズムの荒野で吹きさらしになっている。オウムに吸収されていった若者たちの病理も、おそらく、そこに由来しているはずだ」。私たちは、いま”オウム”を記憶から、社会から、抹殺しようとしている。しかし、多発する少年の殺人事件をみていても、それだけでは何も解決しないことがわかる。事態は、形を変えて、ますます進行しているのだ。
 問題の本質を知るには、いま、私たちがどういう状態にあるのか、ということを知ることが出発点だ。宮内氏は言う「これまで50数カ国を歩いてきたが、これほど空白感を抱かせる国を、ほかに見たことがない」。ヒントはたぶんここにある・・。こうして、今の状況を相対化できる、外からの視点や経験が重要なのだ。
 本気のブラジルと戦うことになった日本のサッカー代表選手も、世界の中で、自分がどこにいるのかを知る貴重な経験ができる。スポーツはいい!

■9/12/00
 なぜか、奈良へ。京都で新幹線から乗り換え。と、近鉄京都駅で、ど派手ででかいポスターに目を奪われる。サイケデリックカラーがその中心から放射状に延び、その真ん中には、デッドベアーならぬ、金色の奇妙な顔した仏像。そしてその両脇には、千手観音の脇を固める日光、月光菩薩のように、とぼけた顔(^^;)したお兄さん二人。はい、それは、みうらじゅん氏と、いとうせいこう氏。このポスターは10月に奈良で行われる「なら見仏記スライドショー」のポスターなのでした。たまげる。
 文庫化もされ、密かにブームになりつつあるとは聞いていた二人の「見仏記」が、こんなにメジャーなものになって、奈良という、ブツゾウのホームタウンに凱旋してこようとは。なにせ、この講演、主催が、奈良市文化振興センターで、会場が「なら100年会館大ホール」、そして第31回奈良県芸術祭参加、とのこと。笑×3。
 さらには、奈良駅から、タクシーに乗ると、いきなり「おにいさん、仏像、お好きなんですか?」 へ? 私は、奈良といえば、ほとんど中学の修学旅行の記憶しかない不埒な日本人なんですけど・・。恐るべし、ブツゾウ。近頃、多くのマニアを引きつけているらしい。見習い見仏の私は、修学旅行コース=東大寺、二月堂、三月堂、興福寺をまわっただけで、暑さで、へとへと。ホトケの顔をおがみながら、しばし、脱水&脱力。それでも、さすがに、しっかりと、アナザー・ワールドへトリップさせていただきました。謝。
 さて、私のへっぽこ見仏旅行とは、まったくカンケーありませんが、来週から、みうらさん+いとうさんの「e 見仏記」が始まります。乞うご期待。

■9/4/00
 今年は、まだ一度も、山へ行っていない。数年前に体調崩してから、どうも体力に自信がなくなってしまっている。好きな「沢登り」に踏み込む自信がない。情けなや〜。といっても、ぼくなどは、年に1、2度、丹沢あたりをうろうろするへなちょこなのだけれど。体力も、技術もないくせに、天気がいいと気分だけは盛り上がる。こいう時は、ネイチャー系のテレビ番組を観て、心を落ち着かせる。笑。
 NHK-BSの「達人たちのアウトドア」(たぶん)シリーズは、よかった。沢登りと自転車とカヌーで北海道を横断し、また奄美の島々をシーカヤックでツーリング。堤防もなく広い原野を蛇のようにうねる北海道の川や、マングローブに覆われた奄美の海岸線。日本にも、まだあんなに美しい場所があるとは。カナダや熱帯の島々へ行かなくても、日本国内で、ほんとうに素晴らしい自然と向き合うことができる。そして、そうした北や南の自然よりも、日本の自然は、どこか穏やかで、征服とか冒険とか、と力みかえるような荒々しさがないのもいい。
 あと、何年、この自然が、今のままの姿をとどめていてくれるだろうか。これこそ、日本の財産だ、とあらためて思う。そして、一度に大量の人々がおしかければ、その自然そのものが壊れてしまう、というはかない存在で、地球規模の温暖化の影響からも、そのバランスがいつ失われるかもしれない以上、もう、そうした体験は、「早い者勝ちだ」と思う。ネットビジネスの覇権争いの早い者勝ち競争もいいけれど、こっちの体験こそ、ほんとに贅沢だと、心底思う。
ps.もんじゅを廃炉に!という電子署名が行われています。
http://www.page.sannet.ne.jp/stopthemonju/densisyomei.htm

■8/28/00
 テレビで、「孫正義の生涯」(違ったかも)ってな番組をぐうぜん見る。孫氏の生い立ちを、本人へのインタビューを交えて、ドラマ仕立てで紹介する、というもの。個人的な思い入れがあるわけでもないので、番組で、孫氏がどう紹介されたのかは、まあ、どうでもいい。驚いたのは、そこでコメントをいう役割のタレントの多くが、それまで孫正義、という人物の存在を知らなかった、ということ。(まったく知らない人の人生を紹介しておいて、いきなりコメント入れさせる、というのも凄い番組だが、きょうび、こういう番組は多いです・・)
 で、あらためて感じるのは、近頃、ある人々の中では、圧倒的に有名な存在や、出来事でも、いったんその集団の外に出ると、まったく知られていない、ということが、ままある、ということ。かってあった、世代によるギャップや、80年代のようなファッションや音楽の趣味や嗜好で分けられたトライブとも違う。ネット利用者か否かでも、この境界は生まれやすいが、より小さく深い多様な「タコツボ」が存在する社会とでもいおうか。そういえば、身近なとこでは、「環境」に意識的かどうかで、ちょっとした境界ができつつあります・・。
 いっぽうで、このごろのCDヒットチャートも不思議だ。B'Zが、シングル連続1位とか、サザンが、デビュー以来最大のヒット曲出した、とか。ほんとにそんなに売れてんのか・・? ZARDやglobe が爆発的に売れてる、と聞いた頃からか、この疑問は。社会での現象と自分の体感とのギャップ。これは、ただ、ぼくが年とったってことっすかね?

■8/22/00
 このところようやく日本でも、オンライン書店シーンがにぎやかになってきた。元来の書店がオンラインに進出したものに、運送会社、取次会社系が加わり、さらに、ベルテルスマンや、アマゾン・コムの海外勢も参入して、活況を呈している。この競争が、サービスのよりよい向上に繋がってくれればいい、と思う。そして、ここ数年のうちに、生き残りをかけた競争の決着もつくのだろう。しかし、どうも、しっくり来ない。この活況も、アメリカでのアマゾン・コムのビジネス上の成功に刺激されてのことで、何か、もっと本質的な視点が欠けている気がするのだ。
 NYで、ぼくのもっとも好きだった場所のひとつは、大手書店チェーン「バーンズ&ノーブル」内のカフェだ。スターバックスの美味しいコーヒーを飲みながら、書店にある雑誌や本を自由にもってきては、1日中、座って読むことだってできる。図書館代わりに使う学生もいれば、まわりに座る女の子に手当たり次第声をかけるオッサンもいたりで、まさに、本に囲まれたサロンだ。それに、書店内のちょっとした片隅では、毎日のように、いろいろな有名作家や写真家が、講演とサイン会を行っていて、遠い存在だった有名人が、このときは、少しだけ身近に思えたものだ。こうした企画を行う労力は、たいへんなものだろうし、カフェに持ち込まれて汚れた雑誌や本のコストなど、めんどうなことも多いはず。それでも、書店という場所をとおして、できるだけ、本と身近になるという文化の土台から作ろうという意志が感じられた。
 新しい産業の登場によって、既成の効率の悪さや、不合理なものは、廃れていけばいい。しかし、表面的な流通だけ合理化しても、土台となる市場がなくなってしまえば、元も子もないはず。本がますます、大量生産=大量消費=大量廃棄の消費財になっている今、もう一度、長期的視点にたった「本との出会い」の場が、必要とされるはずだと思う。

■8/7/00
 このところ取材で、何人かの”リッチ”な人に会った。外資デジタル系企業に属していたことで、急激に「富裕層」に仲間入りした人たちだ。ある人は、「孫の代まで、自由に暮らせる金を得た」と言う。こうした富裕層を対象にしたプライベート・バンキングも、活性化しているようだし、大橋巨泉のようにいくつかの国に資産を分散させて、税金対策をする人も公になってきている。いつのまにか、「一億総中流」という幻想が壊れて、「富裕層」の存在が、表面化してきているようだ。
 アメリカ流グローバル・スタンダードを受け入れる、というのは、こういうことなのだろう。ネット・バブルが、すでにはじけたとはいえ、IPOが比較的簡単になっていることも、こうした流れを助長している。はっきりと「金」を理由に、ネット・ベンチャーに関わろうという大学出たての若者にも、たびたび出会う。年金システムが崩壊し、大企業に入ったとしても、将来が保証されることのない今、目の前に見える「金」を目当てに労働する、というのは、理解できなくはない。
 閉塞した日本社会にネット・ベンチャーが、新しい風を吹き込むことは、意義のあることだと思う。しかし、こうして、”欲望”が大手をふるって表通りを歩くような社会の芽生えを目にすると、これでいいのか、とも思ってしまうのだ。インターネットの商用サービスは、最終的に、競争の激化で、ますますユーザーメリットを追求していく形になるはず。下品で横柄な、土地成金や土建屋のオヤジのようなネット長者は、見たくないものだ。
 これまでの社会の規範が崩れている今だからこそ、共同体の持つモラルや倫理が必要とされている気がする。どうしたら、それらを再構築できるのかは、わからないのだけれども・・。「神の国」ではもちろんないしね。

■8/1/00
 日曜夜、NHK-BSで「地球白書」を観る。農業に必要な水不足が世界各地で、深刻な問題になっていることは、書籍版の「地球白書」を読んで知っているつもりでいたけれども、やはり映像で見せられた、干上がった中国・黄河の姿に、息をのむ。近年の黄河流域の開発によって、工業、農業、生活用水の利用が急増し、下流では、たびたび、川がほとんど干上がるという。こうした水不足が世界各地で起きていて、これから、農業への打撃が懸念される。いっぽうでは、世界の人口は、急増していて、生活スタイルもアメリカ化していることで、近い将来での世界的な食料不足が懸念されている・・。あらためてショックだ。統計の数字の変化とその分析によって、明快になることもあるけれども、映像ならではのインパクトもある、ということをあらためて、この番組を観て認識。
 現在を切り取る、ということでは、村上龍氏の新刊「希望の国のエクソダス」も凄い。興奮して徹夜で一気読み。経済の停滞が続く日本の2002年秋、80万人の中学生が学校を捨て、ネットビジネスを始める。経済でも、教育でも、メディアも、また個人の生活スタイルでも、何ら根本的な解決策が打ち出せず、ずるずると”崩壊”へ向かっていく、大人たちをしり目に、中学生たちは、情報戦略を駆使しながら、全世界の注目の中、エクソダス(脱出)をはかる。中学生の代表は、いう。「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない。・・この国は、養鶏場にようになることでしょう。養鶏場は、メディアの力を借りて、すでにこの国の隅々まで広がっています」。北海道に集団移住した彼らは、ネットビジネスによって得た利益によって市の財政をにぎり、地方交付税交付金を拒否し、さらに地域通貨を発行し、風力発電をおこなって、実質的に日本国からの独立を果たす・・。
 これは、フィクションという形をとったノンフィクション。現在の日本社会が置かれている危うさ、閉塞感が、はっきりと切り取られている。
 こうして、ぼくらは、統計から、映像から、小説から・・一刻もはやく”現実”にアクセスしなければならない。

■7/25/00
このところのマイ・ブームは、「巨人の星」。ビデオを借りてきては、一徹と飛雄馬の、こってり味の世界をうん、うん、とうなずきながら観ている。今、見直して驚くのは、これが「野球」の物語というよりも、親と子の倫理・道徳の物語、だということだ。今のテレビ番組にあまりに観るべきものがないので、夜のちょっとした暇つぶしのためでもあるのだけれども、自分の倫理・道徳観を何が形成したかということを考えると、どうも、'70年代に、「巨人の星」や「あしたのジョー」や「タイガーマスク」など、マンガ、アニメの原作を大量生産していた梶原一騎の世界からの影響が大きいように思えて、それを確認したかったのだ。ある意味、情けない(笑)。オレは、そんな男です。泣。
こんなことを考えるきっかけになっているのも、近頃の「教育問題」。頻発する少年の事件を前にして、自分は、なぜ、ああした犯罪を起こさずにすんだのか、彼らが置かれている環境と自分との違いは何だったのかを、考える機会が多いからだ。もちろん、親との関係、学校、社会全体からの影響の違いを考えなければならないけれども、マンガやテレビ番組は、直接的に、少年期の情感に絶大な影響を与えているはず。メディア関係者は、このことをもっと自覚すべきではないだろうか。
今、子供たちにもっとも大きな影響を与えているのは、テレビゲームか・・。他のメディアに比べて、テレビゲームには、こういう意味での自覚や成熟が感じられないのだけれども、どうだろう。誤解っすか?

■7/18/00
 代々木公園で屋外レイヴの爆音聴きながら、草の上に寝転がって、月食を眺める。違うシチュエーションもありだったなと、思いつつ、これもまたよし、と考えなおす。強烈な天体マニアではないけれど、こうして星空を眺めることは、なにか気持ちのいいものだ。大きな天体ショーになればなるほど、誰もがこぞって、空をぼんやり眺める、ということになって、その光景も嫌いじゃない。個人の趣味や嗜好の違いを越えて、誰もが一緒に感動する、ってことが気持ちいいのだろう。日常生活の多くが、取るに足りない差異を追い求めることにエネルギーを使っているからかもしれない・・。
 さて、今朝の朝日新聞に、「今世紀最長といわれる皆既月食」と書かれているように、近頃、ひんぱんに「今世紀最後の・・」という枕詞を、目にするわけだけれども、どうも違和感がある。
 というのも、手元に今年の1月1日発行の「TIME」があって、その特集タイトルは、「Birth of A Century」。そこでは、紙吹雪が舞うNYのタイムズスクエアをはじめとした世界各地の新世紀を祝うイベントの模様が紹介されている。アジアでは、台湾、バリ島、ベトナム、上海、インド。しかし、日本の姿は、どこにもない。ぼく自身、この5月に帰国するまで、新世紀は、始まっているものだと思いこんでいたわけで・・。どうも、世界中で、まだ20世紀にいるのは、日本だけ、かも。
 単なる区切りだから、どうでもいいとも言えるけど、来年の正月、世界中で、日本だけ、頑張ったイベントとかやってたら、これはけっこう笑える&哀しい。
 お月様の下でも、「人類みな兄弟」とは、いかないようで・・。

■7/11/00
 ライターの渡辺保史さんに会う。函館から朝一の飛行機で、いらしたとのこと。渡辺さんが、東京から、故郷の函館に住まいを移されたのが、数年前。それから、だいたい月に一度のペースで、一週間ほど東京に滞在して、まとめて取材をこなしてから、函館へ帰られるのだという。やはり、飛行機代の負担が大きいということだけれども、東京と地方との住宅価格や物価の格差を考えると、金銭的な差異は、トントンかもしれない。ジットリとしたこの季節、北国暮らしが心底うらやましい。
 WIRED NEWSの翻訳をお願いしている(株)ガリレオの所在地は、長野県上田市。そこから、日本&世界中の翻訳者を手配している。ガリレオ所属の翻訳・ライターの合原さんは、自給自足の生活をめざしていて、先日の東京での打ち合わせへのおみやげは、泥のついたダイコン!だったと聞いた。かっこよすぎる!
 都市で何が得られるのか、都市でなければ得られないものとは何なのか、を真剣に考えなおす時期なのだろう。日本がこれまで押し進めてきた、一極集中型の近代化は、すでに峠を越えつつあって、ネットが、かってのUターンやIターンとも違う、新しいライフスタイルを生み出しつつある・・そう実感する。
 これからは、この国、この街が、この土地が、自分にとって、いったい何を与えてくれるのか、住環境、教育、福祉、雇用機会・・これらをより真剣に検討して、選択する時代に入ってきている気がする。これからの労働人口の減少で、海外からの移民も増えるだろうけれども、都市から地方へ、日本から海外へ、という新しい形の移民も増えるに違いない。
 ・・今週は、ハワイからでした〜。(大ウソ)

■7/4/00
 偶然、政府高官の殺人現場を撮影した映像を入手してしまった主人公を、アメリカの国家安全保障局(NSA)が、電話、電子メール、衛星画像・・あらゆる盗聴手段を使って、追いつめていく映画「エネミー・オブ・アメリカ」を、楽しんで観た人も多いはず。ジーン・ハックマンがいい味出してた! このエンターテイメント映画が、実は、シャレにならない多くの事実を含んでいるという指摘を目にしても、それはアメリカだけの話だろ、と考えるのは、どうやら甘いらしい。
 コードネーム「エシュロン」とよばれる国際的な通信監視システムがあるという。これは、アメリカのNSAを中心に、イギリス、オーストラリアなど西側の情報機関が作っている大規模な盗聴ネットワークで、98年の欧州議会では、「エシュロン」による市民へのプライバシー侵害が明るみにでて大きな批判を浴びたほか、日本でも三沢基地に「エシュロン」のための傍受施設がある・・らしい。これは、シャレにならん。イギリスのジャーナリストやネットワーク・アクティビストを招いて、この問題を考えるシンポジウムが行われる。(http://www.jca.apc.org/jca-net/news/press/20000619.html)
 そういえば、5年ほどまえ、アーティスティックで過激で素敵なCD-ROM「BLAM!」を制作して有名なエリック・スヴェンソンをインタビューしにNYの片隅の彼の家をたずねたとき、「オレの家は、FBIに盗聴されてるから・・」と、神経質そうに言っていたが、あれは冗談じゃなかったのかも・・・笑えない。

  ■6/27/00
 選挙行きました? 僕は選挙権剥奪されて、行けず! いぇ、日頃の行いが悪いからってわけじゃありません。先日まで、住所が海外で、現住所に一ヶ月前に、再転入したためなわけですが、そのくらいの手続きすぐしてくれてもいいのに。オレの一票なんていらねぇってか? いつもは、そう熱心でもないんですが、こうしてなくなると、かえってひじょうに欲しくなるもの。がぁ〜。
 テレ東の番組「総選挙ドットコム」では、ネット・ベンチャーの若き社長のお歴々が、「誰に入れても、同じだから」などと、選挙行かなかったとか、白票入れたとか、のたまわっていましたが、ちょっと軽蔑。そんなこと言ってる時代かな〜。早めに言ってくれれば、僕がもらったのに、選挙権。これはダメね。はい。
 そういえば、プロデューサーの羽仁未央さんにお会いしました。最近は、香港、マレーシア、シンガポール、と日本を頻繁に行き来しているとのこと。このところの中国のようすや、海外から見える日本について、おうかがいしていると、女性的な語り口の中にも、伝達する言葉の明晰さと、”生きるためのエネルギーの強さ”を感じました。それは、NYで出会った人々に共通した感覚ともいえます。日本で暮らしていると、どんどん鈍くなっていく、明確な意思伝達と”生きるための強さ”。
 羽仁さんは、「真剣に生きようとする人々が出てきているから、日本は、この10年いい方向に向かっている」といいます。
 そんな気もします、が・・・

■6/19/00
 カナダのブリティッシュ・コロンビアの無人島で、30年前からオルカの研究を続けるポール・スポング氏に会う。6年ぶりの再会になる。今回は、インターネットを通じてリアルタイムで世界の自然にアクセスするという氏の構想「ネイチャー・ネットワーク」が、具現化しスタートしたのを記念しての来日(www.orca-live.net)。成功してほしいものだ。
 オルカを特別視するスポング氏の基本的な姿勢には、どこか違和感も感じるわけだけれども、研究に対する氏の真摯な姿に接すると、そうした斜に構えた視線は、とりあえず吹き飛んでしまう。真摯であること、に力がある・・のだな、たぶん。  レインフォレスト・ジャパンの方から、代表の南研子さんがお出しになった「アマゾン・インディオからの伝言」をお送りいただき、さっそく読む。先日、朝日新聞の天声人語での記事を目にされた方も多いだろう。この南さんの生活もすごい。アマゾンの先住民保護区への支援活動へののめり込み具合がはんぱじゃない。素直に尊敬してしまう。
 こうした方々の生活に接すると、今、ぼくは何をしているのか、これから何ができるのか、と問い直してしまう。「理念」なきこの国で、ほんとうに「真摯」に生きたいもの・・。
〜いまやアマゾン川流域の森林の1/3が、消滅か著しく劣化している。
〜エイズやエボラ出血熱は、熱帯林破壊によって起こりうる異変である。
                 ──「地球白書」より

■6/13/00
 梅雨ですね〜。うっとおしい季節、うっとおしいことも多いですが・・いま、さまざまな局面で、「理念」が必要だと感じています。すこし唐突?幕張のInteropへ行きました。NTT-Xの派手なブースで、「本とコンピュータ」の仲俣さんをお招きして、‘オンライン・パブリッシングの現状と未来’について、公開インタビューなるものをしてみました。
 書店にますます過剰な雑誌や書籍があふれ、誰の手にも届かないまま、断裁されてしまうのが現状の出版界に、どういう変革が必要なのか、ネットを利用することで、どういう可能性が開けるのか、また、開けないのか、について語りました。限られた資源の有効活用という視点から、必要以上の雑誌・本が、配本される現在の出版システムには大きな問題があります。出版のデジタル化を考えるときの出発点は、まず、ここにあるべきでしょう。ビジネス・モデル云々の前に。
 悪意のノイズも多いですが、それぞれが関わっている世界で、持続的な社会を目指して、出来ることをするしかないと思います。編集と出版に関わるものとして、この出発点を言い続けたいです。しかし、あまりに真面目に語りすぎたのか、ビジネスショーの場には、馴染みが悪く、隣のブースのおねぇちゃん達の魅力には勝てなかったようです。泣。
 そういえば、出版の新しい試み、ということでは、坂本龍一さんが、「code」というプロジェクトをたちあげています。ここでは、ネットで会員を募り、「unfinished」という雑誌をダイレクト通販するようです。(www.code-re.com) さらに、付属のCD盤は、リターナブルにして、何度も音楽を焼き付けて、会員に届けるプランもある、とのこと。必要なものを必要としている人へ。宅配有機野菜的クリエイティブ?ちと、違うか(笑)。
 「理念」と「理想」に基づいた行動。いま、必要なのは、これだな。

■6/6/00
 6月5日は、環境の日、だそうで。だから、ってわけでもないですが、ワールドウォッチ研究所の「地球白書2000」を読んでます。昨年度版は、まぁ、それ以前と大きな変化もないだろと、たかをくくって手を出さずにいたんですが、大きな間違いでした。事態は、刻々と深刻さを増しているようです。少し引用してみましょう。
「世界人口は1950年の25億人から2000年には、61億人に増えた。2050年までに89億人に達すると予想されている」
「世界には、12億の飢えた人々がおり、12億の食べ過ぎの人々がいる」
「インド洋では過去2年間の記録的な海面温度の上昇によって、サンゴの70%が死滅したと推定されている」
「世界の鳥類の11%、ほ乳類の25%、すべての魚種の34%が、絶滅の危機に瀕している」
「気候を安定化することも、人口を安定化することもできなければ、われわれは地球のいかなる生態系も救うことはできない」

 あらためて、ショックです。ここで示される数字の変化の前では、人の情緒やら感情やらの問題は、些細なことに思われます。一家に一冊、「地球白書」を置きましょう。いや、本気。NHK-BSでテレビ化され、放映が始まってます。(http://www.nhk.or.jp/bs/newprog/new/newprog_tikyu.html)
 そういえば、先日、整理した本をブックオフが引き取りに来てくれました。すべて一冊10円〜30円。1年以上たった雑誌はダメ(引き取り拒否)。カバーが汚れていてもダメ。明快すぎて、笑えます。それでも、誰の手にも渡らずに、処分される膨大な本よりは、これでもいいのか・・。新刊本が山と積まれる書店を眺めつつ、「環境」の視点から、出版もこのままでいいわけないな、と感じます。えぇい、もう、オンデマンドでいい!

■5/23/00
 突然ですが、世田谷です。帰って来ました〜。関係者のみなさん、お世話をおかけしました〜。
 帰って唐突に始めたのが、自宅の本の整理。なんだか古い本の山のなかに埋もれているのが、我慢できなくなって、捨てる、捨てる。1000冊ほど、ブックオフに引き取ってもらうことにして、やっと本棚に隙間ができた。どういう本を処分するか、というのは、なかなか難しいです。個人的愛着を別にして、これからの入手の困難さを考えると、意外にマンガ本や雑誌やビジュアル本を残して置いたほうがいいのか、とも考えたり。家人はあとから後悔しないの?と何度も言いますが、ま、こうしたきっかけでもないと、埋もれていくばかり。精神衛生上もよくない。笑。
 いらない情報といえば・・久々に紙の新聞をひろげて、朝飯食べながら読むというちょっとした楽しみを味わっているわけではありますが、要の情報という点からすると、ネットのほうがまとまっていたり、コンパクトで、余計な情報がなくていいという気もします。ノンキな政治家のどうでもいい発言に、どうでもいい評論家がどうでもいいこと輪をかけて言う・・・みたいな情報を読まずにすむ。それに、世間を代表する顔して悪意をばらまく週刊誌の広告をみなくてすむ。ほとんどの週刊誌ってただの害悪?そう思いませんか。これ以上、世の中に悪意をふりまなかいでくれって、思います。
 話しがどんどんずれますが・・。こうして、日常の情報の収集の経路が、徐々に、変化してきていて、これまで雑誌や地上波テレビに暇つぶしで費やされていた時間が、ネットや携帯にどんどん置き換わっているはずで、それに気が付かない、気が付きたくないのは、旧メディアの権威にしがみつくオッサンたちだけのように思います。数年して、あっと驚くんだろうな。それはさておき、情報の取捨選択、というか、思い切って、見ない、読まない、捨てる、ってのが必要だなと感じる、帰国後1週間。地上波民放もほとんどいらない。
 と一息ついてると、編集部をテレワーク化、分散した際の僕の荷物、段ボール11個が、送られてきました。また、本に埋もれてます。泣。

■5/9/00
 いやぁ、今日は暑かった。もう短パン、Tシャツです。今日のような天気にぴったりなのが、自転車。ちょうど、数万台の自転車が、NY市の5つの地区を走るというイベントが行われました。マラソン大会とも違う爽やかさがあるのは、なぜなんでしょう。ウェアがカラフルだからなのか、そのスピードのためなのか・・。休日でシーンとする高層ビル群の谷間を埋め尽くす自転車は、なにか未来的イメージを刺激して、素敵です。
 こうしたイベントはさまざまな趣旨で、しょっちゅう行われているわけですが、4月末に、ワシントンで行われた「アースデイ2000」も、過剰な演出はないけれども、この手のイベントにありがちな’しんきくささ&説教くささ’もなく、好感がもてました。(テレビで延々4時間、見てました)。議長となったレオナルド・ディカプリオ目当ての若い女の子もたくさんいたわけですが、ジェームズ・テイラー、キャロル・キング、デイビッド・クロスビー、PP&Mと、カウンター・カルチャー直系のミュージシャンたちに、モニカ、サードアイ・ブラインドの若い世代のミュージシャンが加わって、次々演奏し、その間をゴア副大統領や、ロバート・ケネディ・Jr、や環境運動家がスピーチする、という構成で、観客を飽きさせず、メッセージを伝えていく手法は、さすがです。
 また、今日は、警官殺しの罪で、死刑を宣告されながら、無罪を主張している黒人運動家/ジャーナリストのムミア・アブジャマルを支持する集会が、マディソン・スクエアで行われました。(http://mumia2000.org)
 私たちのまわりには、いま、さまざまな問題が山積しているわけですが、これらをひとつづつ、そしてすこしづつ、解決の方向へ持っていくために、各自は、それぞれの立場で、できることを主張していくしかないのでしょう。そうした主張の声を、徒労に終わることのないよう、スムーズに組織化するノウハウが必要なんだろうな、と、日々行われているイベントを眺めつつ感じます。とくにこれからの日本では、そうしたノウハウが必要とされている気がします。
 インターネットは、そうした運動を組織化するために有効なツールであるはず。このところ、人の悪意を増幅するネット利用が目に付きますが、こうした声に耳を貸すことなく、自分の持ち場で、未来を見据えて、情報を発信していこうと思っています。 
 と、今週、帰りま〜す。

■4/3/00
 桜が咲き始めています。NYにこんなにたくさんの桜の木があったとは・・・。やはり、気分がなごみます。
 気分がなごんだところで、健康をちょこっと気にし始めました。東京では、ここ数年、生半可ながら菜食&自然食の生活を送っていたんですが、こちらに来たとたん、ピザやらハンバーガーの荒んだ食生活に逆戻り。そのおかげで、たびたび腹をこわし、これではいけないと、自然食レストランを探しました。ユニオン・スクエア近くのその店は、特にレストラン・ガイドのZAGATに載っているような店でもないのに、かなりの賑わいです。マクロバイオティックに基づいた料理を出すとうたっているのが、理由のひとつかもしれません。年齢層も男女比も、さらに人種も雑多で、ヴェジタリアン・ネットワークの存在をうかがわせます。そういえば、この近くには、大きな自然食スーパーもある。食習慣を変えるというのは、何か大きなきっかけがないとなかなか難しいと思うんですが、彼らを、菜食に駆り立てたのは、何だったのか・・非常に興味がわきます。食を意識する、ということは、周囲の環境を同時に意識しているはずです。
 さて、隣のテーブルでは、若い女性が、まるでウサギのように大量のサラダを食べる、食べる。ちなみに、自分専用の塩入れ、まで持ってきているのには、関心する&笑う。さらに、斜め後ろのギンズバーグ似の男性は、フォーク、ナイフを使わず、直接手で、皿から野菜をむんずとつかんで、野人のように食べる、食べる(笑)。何者?
 しかし、僕がいただいた懐石風のコースは、見事に美味。野菜や穀物、海草が新鮮で、活きがいい。何か、久しぶりに、内臓の奥のほうから、落ち着いた気がしました。
 それと、しばらく、まったく運動してなかった僕をみかねた韓国人の友人に紹介され、ここのところ毎週、中国人のバアサンに太極拳のレッスンを受けてます。まったく上達しませんが、少しは健康になったかな・・・。
 そういえば、自分は健康になっても、地球はたいへんです。南極で全長300キロほどの巨大氷山が、漂流しようとしているというニュースです。 。いよいよ、はじまった!

■3/21/00
 ある本を探しに、グランドセントラル駅の裏にある旭屋書店へ。品揃えも充実していて助かるわけですが、「日本人街」のようなものの中にではなく、ビジネスエリアのど真ん中に、日本人向け本屋だけを作ってしまう、日本人のパワーというか、特質を考えさせられました・・。
 それはさておき、探していた本は結局見あたらず、取り寄せることになりました。その本は『エンデの遺言──根源からお金を問うこと』。この本の元になったNHK-BSで昨年5月に放送されたTV番組の衝撃が忘れられずにいたのです。この番組のテーマは、現在、常識と思われている金融・貨幣システムに疑問を投げかけ、「地域通貨」に光をあてるものでした。
 環境問題に興味を持ち、解決策を自分なりに考えてみると、私たち個人個人の意識の変革の必要性も感じるわけですが、同時に、その難しさも理解できます。では、差し迫った大きな問題を解決するためにはどうしたらいいか。ひとつは、政治、もうひとつは、経済、だと思い至ります。政治は、この際、もう、横へ置いときましょう(笑)。そこで、経済。「環境」で金もうけができれば、企業はこぞって、その方向へ向かうはず、さらに、「金もうけ」のシステムが変われば、暴走する歯車も、停まるかもしれない。そんなことを考えていたときに、この番組に出会いました。ミヒャエル・エンデはこう問いかけます。「成長を前提にし、成長を強制する性格をもつ現行の金融システムが、この競争社会を生みだしている根本原因だ」。
 そして、この番組では、現在の金融システムが絶対のものではなく、すでに世界各地で行われている「利子」を排除した、サステイナブルな社会を作るための「地域通貨」の試みが紹介されています。詳しくは、こちらのHPにまとめられています。 (http://www3.plala.or.jp/mig)
 さらに、Linuxをめぐる動きや、ネットを通じてユーザー側が徐々に力を持ちつつある商品購買の動きを見ていると、この地域通貨の可能性と、インターネットがもたらしうる「新しい経済」には、似通った可能性があるように思えてなりません。ネットの光は、その方向にある・・。ご意見のある方、お教えください。
 そういえば、先日、「ビットバレーNYオフ会」に参加しました。この動きは、またおってご報告しましょう。

■3/18/00
 季節もよくなり、公私ともに日本からのお客さんがふえるこの頃。
 ロスで行われたインターネット・ワールド帰りの松山太河さんと落ち合いました。前夜のICQでの、「NYNMA( NewYork New Madia Asociation)へは、行ってみたいですね〜」という彼の一言で、突然、訪問決定。NYNMAといえば、シリコンアレーという言葉を生みだし、ビットバレー・アソシエーションのモデルともなったNPO。アポなし突撃で、ビル警備ともめるのもめんどうだと思い、1時間前に、電話でアポ。意外とすんなり入れてくれました。で、ビルの前で、松山さんと待ち合わせ。
 このNYNMAが入るビル(NYITC)は、95年頃から、NY市が開始したIT産業奨励策のモデルとも言えるビルで、高速回線を張り巡らした上に、税金の控除、電気料金の減免などが行われたはじめての建物。30階建ての中に、120社以上のIT系企業がびっちりと入った3階に、そのご本山は、こじんまりとオフィスを構えていました。
 20人ほどのスタッフがあわただしく働くなか、ひととおりの説明をうけたあと、1階にあるスターバックスで松山さんと、話し込みました。(その一部は、近々、インタビューという形でご報告します)。いつものことながら、松山さんの「インターネットは、社会を変え、戦争のない社会をつくりうる」という、強引で一点突破ともいえる話は、強烈に楽観的でありながら、説得力もあるのが不思議で楽しい(笑)。ネット・エバンジェリストの面目躍如です。
 最近のネット株急落を眺めながら、それみろ、と一気に悪意を振りまく輩も多いですが、それはたんに、淘汰されるべき企業が、その実体を示しているだけのことでしょう。ネットが社会にもたらす本質を、理解し、よりよい方向に押し進めたいものです。ビットバレー・アソシエーションのディテクターとして、彼のような意識を持った人物がいる、ということは、今後の日本のインターネット社会にとって、ほんとうに幸運なことだと思います。
 僕が、オンライン・マガジンの道に入ったのは、95年。漠然とながら、インターネットは既存の社会を変えうる、とその可能性を感じたからでした。当面のアプローチは違いますが、松山さんとお話し、自分がこの世界に入ったときの想いを、そしてホットワイアードの基本コンセプトをあらためて思い起こすことができました。
「インターネットは社会変革のためのツールである。そして、環境問題は、一刻の猶予もならない!」

■3/7/00
 このところずいぶんと暖かくなりました。なんとか厳冬を乗り越えられたようで、ほっとしてます。
 さて、先日のグラミー賞では、サンタナが多くの賞を受賞して、「哀愁のヨーロッパ」やら横尾忠則ジャケットが懐かしい(古すぎる!)僕などには、この狂い咲き気味の大復活に、いささかとまどい気味です(笑)。これも、中南米からスパニッシュ系移民の増加で、徐々にアメリカのポップカルチャーが変質してきている現れといえるのでしょう。リッキー・マーティンやジェニファー・ロペスなど、すでにラテン系スターが、大きな勢力となっています。彼らの雰囲気や踊りには、白人とも黒人とも違う独特のリズム感、艶やかさがあって、大ヒットとなるのもうなずけますが、背景には、ラテン系マーケットの拡大と定着化があるのでしょう。
 この街は、今も、ガラガラと変化している。そう感じます。リトルイタリーがチャイナタウンに飲み込まれそうになっているように、街の風景や勢力図などというのは、数年で変わってしまうものなのでしょう。日本にいると、今の生活など変わるわけがない、と思いがちですが、けっしてそんなことはないはず。僕らの考え次第で大きな変化というのは可能でしょう。政治も使いながら・・。その意味で、これからの若い人たちの活動に期待したいところです。
 先日、ある高校生からメールをいただきました。スタジオ・ボイスと小誌で、宮内勝典さんのインタビューを読み、4月の新入生へ向けた講演をお願いするために、なんとか宮内さんと連絡をとりたい、というものでした。彼はメールでこういっています。「何を支えにしたらよいのか、何を信じていけばよいのかわからない現代です。21世紀に向けて、平和な、少しでも矛盾のない社会を創造するため、私達に道しるべを掲げていただけませんでしょうか」。高校生への講演として、これほど適切な方はいないのではないか、と思います。僕も参加したい。こうした出会いの仲立ちをできたことに、言い得ぬ喜びを感じます。これもネットのおかげ・・。
 そういえば、その宮内勝典さんが、HPを開設されました(http://pws.prserv.net/umigame)。渾身の文章を読むことができます。

■2/21/00
 このところ、日本への外国人労働者や学生の受け入れ拡大へ、といったニュースをよくみかけるようです。現在の日本の経済力を考えれば、この流れは自然なものでしょう。これから数年、十数年で、日本各地で、より大きなうねりとなって、身近な現実として、さまざまな問題を生むのかもしれません。労働人口の激減という差し迫った問題もあるわけですが、この流れを仕方なく門を開くという姿勢ではなく、さまざまな価値観をもった人々との交流として積極的に考えたいものです。
 NYは、そういう意味でも、世界の実験場なのかもしれません。
 やはりマイノリティ(はい。私で〜す)として日常的に細かな苦い思いをすることも多いわけですが、先にこの地に来た人々の生きるための主張だと考えれば、なにか理解できないこともない気もします。誰でも、大なり小なりの既得権益を守ろうとするのは当たり前でしょう。それだけ、生きる、ということが差し迫った厳しい問題でもあるのでしょうから。だからこそ、さまざまな価値観やアイデンティティを持った人たちと生活していくためには、共有できるヴィジョンと明確なルールが必要なのだ、ということも学習しました。異種格闘技にルールは必須です(笑)。
 で、異種は異種でも、台湾や韓国の人などは、ほんとうに近しいと感じることが多いです。いや、ルックスだけじゃなく。世界の中での「違い」からすれば、この「近しさ」は、やはり貴重でしょう。それに、まず日本に興味をもってくれている!これはうれしい。政治はお互いトンチだったりしますが、日本の閉塞状態を打破するのは、こうしたアジアの人々との積極的な交流から生まれる気がするんですが、どうでしょう。ネットも、前のめり気味にビジネスの道具立てとしてだけに使うのではなく、ぼくらの生活に真に有効なコミュニケーションのツールとして使いたいものです。ちょっと考えますぼくも。真剣かつ具体的に。
 さらに少し宣伝になりますが、八谷和彦氏、飯野賢治氏などのデジタルクリエイターに取材し、それに私も末席を汚している書籍「デジタルクリエイターになる!」が、韓国の出版社からも出されるようです。これは嬉しいニュースでした。

■2/7/00
 年末から音楽月間と決めて?暇をみつけて、いくつかコンサートへ。ウィントン・マルサリス、ジョン・ルーリー、サーストン・ムーア、そして坂本龍一。きしくもイントゥルメンタルばかりでしたが、それぞれの同時代的な雄弁な語りを聞いた気がしました。ちなみに、W・マルサリスは、オンライン・キャストが行われて、会場のヴィレッジ・ヴァンガードの前には、衛星使ってたのか?巨大なパラボラ積んだ放送車が。
 現在ヨーッロッパ・ツアー中の坂本氏のライブは、そのツアーのリハーサルかのようにこじんまりとしたパブで行われました。メディア&アート&音楽関係者とおぼしき人が多く、こちらで認知され、しっかりとNYに根ざした存在であることが理解できました。ピアノ演奏の合間に、ちょっとした語りが入ったのは意外でした。音楽としては、インストゥルメンタルだけで十分に雄弁なわけですが、言葉を話すことで得られる安心感や親近感があるようです。
 話す、といえば、僕ら日本人はスピーチが苦手です。そういう教育や訓練は受けていないし。習字は習ったけど(笑)。空海が、その達筆で、中国の僧たちからも尊敬を勝ち得たというけれど、そういう時代でもないし(笑)、文化の共通性もない。そういえば、テレビ番組で日本人を見る機会はほんとうに稀ですが、話す姿は、さらに少ない。これまで偶然見かけたのは、チボマットと三宅一生氏ぐらいだったか。元メッツの吉井選手は、通訳付きでひとこと。
 そういう意味でも、常々、日本人が企業の枠を越えて、個人として、この街で力を発揮し、認知される難しさを痛感しているわけですが、坂本氏の意外?な語りには、日本ローカルを越えるという意志を感じました。・・違うかも(笑)。
 さて、その“教授”にインタビューする機会がありました。地球環境悪化の危うさ、社会構造の矛盾を語ってくれています。時代を見る目の的確さは、さすがです。来週、更新。お楽しみに。あえて、「必読」と言いましょう。

■1/24/00
 寒い〜。夜歩きなどすると、治安よりも、寒さで身の危険を感じます。いや、ほんと。
 その過激な寒さを避けてというけでもないですが、先日、南部のアトランタへ行きました。心身ともに凍てつくことが多いNYと違い、南部は、気候も人も温かい。アトランタといえば、オリンピックとCNNとキング牧師生誕の地。ちょうどキング牧師誕生日で、ゴア副大統領が献花に来ていたために、墓地附近は厳戒態勢。四方のビルの屋上からは、ライフル。大勢のいかつい警官の迫力には、これまで感じたことのない威圧感。そして、牧師を慕って周囲を取り囲む多くの黒人の人々。そんな雰囲気のなか、キング牧師記念館で、公民権運動の歴史資料を見ました。そこで何があったのか、情報としてはおおよそ知っているつもりでいたのですが、実は何も知らなかったのだと思い知らされました。それは、権力が持つ力の恐怖と、それに抗う勇気と困難さ・・とでもいうのでしょうか。当たり前ですが、その場へいかないと、わからないことというものはあるものです・・。
 いっぽう、CNNセンターは、NBAアトランタ・ホークスの本拠地と繋がった、まるで巨大エンターテイメントモール。見学ツアーがよくできていて、楽しみましたが、全米中、全世界中から集められたニュースの取捨選択が、そこで行われているということに違和感を覚えました。ニュースを選択するという作業は、移り変わる時代感覚を共有していないと難しいものだと思うんですが、それが都会とはいえ、広大でのどかなアトランタで行われているということへの驚きです。これまた当たり前ですが、その場へいかなくても、価値観を共有することは可能なのでしょう。ネットはあるしね。
 オンライン・マガジンの可能性を模索しつつ、NYから、日本へ、そして世界へと”想い”を広げます。

■1/11/00
 AOLとタイムワーナー合併という新年早々のビッグニュース。ネットビジネスの激流は今年もとどまることがないようですねぇ。
 さて・・新年は、タイムズ・スクウェアで迎えました。巨大広告塔の中、光と人と音の洪水に眩暈&酔っぱらいのゲイに抱きつかれてゲンナリ。出かける前後には、新世紀を迎える世界各地からの中継をテレビで見続けました。オセアニア、アジア、ヨーロッパ、アメリカと、各国の世界的トップスターを次々と登場させ、各様の表現で、それぞれの文化をアピールしていた中、日本は、奈良の大仏前の大黒摩季(泣)。
 近くは、台湾や中国の様子が何度も再放送されたにも関わらず、日本は、ナマで一度だけ。ただでさえ、アメリカでの日本への興味は、ほとんどないと感じられる中、ますます、その存在感が薄らいでいくようで、ほんとうに残念。
ネット産業へ突っ走るアメリカ。エコロジー社会へシフトをはかるヨーロッパ。今世紀の覇権をと意欲満々の中国。その狭間で、日本の将来へ向けた意志とヴィジョンの欠落があからさまになったかのようでした。
 しかし、もう批判するのは止めましょう。政治が指針を示せず、深刻化する経済・環境問題を打開する手を打てないのなら、自分で自分の道を見いだし、自分で自分を守るしかない。新しい経済システム、国家を越えたコミュニティ、共感のネットワークをつくるために、インターネットは有効なツールとなるはずです。
 各地のネットバブルも心配ですが・・ホットワイアードは、近視眼的になることなく、できるだけ未来を見据え、我々が生きていくために重要だと思われる”デジタル&エコ”情報を発信していきたいと思います・・お笑いも入れてね。
 みなさん、今年もよろしくお願い申し上げます。
   
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